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「凛」
九尾の声に反応するように、その獣の耳が僅かに動いたと思ったら、次の瞬間には懐を抜け出し、九尾目掛けて飛びついた。毛並みの綺麗な、大人の狐である。
「凛、お前なんでここに」
呆れたような九尾の声に、巡回役も安心したかのように言葉を継いだ。
「ああ、やはり九尾様のところの狐でしたか。村に向かう途中、子供らが石投げをして遊んでいたんですが、どうやらそれに当たったようで」
石、と聞いて九尾が急いで狐の体を検分するが、大きな怪我はないらしい。巡回役はその様子を見ながら話を続ける。
「木の陰で気絶していたのを、たまたま見つけたんです。微弱ながら纏っていた妖力のおかげで子供は近づかなかったのかと」
「あらまあ、大人に捕まらなくて良かったわねえ」
ですねえ、と言い、感謝の意を表す九尾に一礼をして巡回役は去っていった。
狐はというと、決まりが悪そうな顔で九尾の胸に抱かれている。
「凛」
九尾はまた、やや厳しい口調で狐に話しかけた。
「お前が狐の姿が好きなのはわかるが、むやみに村や人間に近いところへ行くなとあれほど言ってるじゃないか。人間は化け猫騒動で警戒してるからな、狐だっていつとばっちりを受けて捕まえられるかわからないんだぞ。第一お前はそれでここまで逃げて…」
聞いてるのか、と九尾は捲し立てたが、狐は無言で目を逸らしている。普段は泰然としている長が、一介の狐にむきになって怒っている様子はやや滑稽だ。
「…なあ、それ本当に凛なのか?俺には狐の見分けはつかん」
大天狗は微妙な顔だが、九尾はなにを、と言う顔で振り返る。
「凛の毛並みの良さがわからんのか」
そう九尾が言ったとき、一迅の風とともに着物姿の凛が姿を現した。人間に化けたのだ。
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