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烏天狗の初恋の相手は、大天狗なのだ。特に顔が好みなので、母似の息子を見てたまに残念そうな表情をするのだが、天狗はその度にあきれた顔をする。
「あの、私が奥様を探しに行きましょうか」
烏天狗が、ちょっと遠慮がちに言うが、天狗はそれを制した。
「いいよ。帰るぞ」
すまんな、と大天狗が烏天狗の頭を撫でる。そういう時は特に優しい表情になる長の顔を、烏天狗はいまだに至近距離でまともに見ることができない。
俯き、赤くなる彼女を見て天狗は肩をすくめ、父親に向かって軽く挨拶をすると、躊躇する烏天狗の腕を引いて大股で歩きだす。
山を下りながら、天狗は烏天狗に声を掛けた。
「ねえさん、悪かったな」
「私は別に構わないんだけど…」
まだ顔が少し火照っているのが自分でわかり、慌てて頬を手で隠すが、天狗は全く気にしていないようだ。
「奥様、どこに行ったのかしら」
「2つ山向こうの友達んちじゃないか。いい年して何やってんだか…」
烏天狗の羽根で飛べば、山の1つ2つはすぐだ。天狗は自分の母親が近隣の山々でかなり恐れられているのを知っているので、はなから探しに行くつもりはなかったのである。
日がすっかり暮れる頃、天狗たちは自分たちの屋敷に着いた。座敷に胡座をかいてくつろぐ天狗の横に、烏天狗も座る。
「ねえ」
「ん?」
天狗は、烏天狗に椀を渡すと酒を注ぎ、自分も飲み始める。
「顔、赤い…?」
「ああ、少しな。別に誰に見られるわけじゃないからいいだろ」
「…そう」
不意に、烏天狗はまた隣にいる恋人の脇腹をつねる。昼よりは優しいつねり方だが、突然のことで天狗は慌て、酒を溢しそうになる。
「…いて!…え?何?」
彼女を見ると、特に怒っている様子はみえない。
「また?なんで?…え?」
天狗の問いには答えず、烏天狗は彼の首に腕を回し口付ける。豊満な胸が、天狗の厚い胸板に押し付けられ、そのまま二人は倒れこんだ。黙って天狗の臍回りに跨がったまま、ゆっくり烏天狗は上体を起こす。
「…昼もしたのに?」
今度は天狗の顔が赤くなった。動揺している彼の着物を、同じく顔を赤くしたままの烏天狗はゆっくり脱がせていく。
「いいでしょ、別に…」
「うん、まあ俺は全然構わないんだけど…」
天狗は再び口を塞がれ言葉は途切れるが、頭の中ではしばし考える。
「…俺、やっぱり鈍いのかな…」
恋人の下敷きになりながらそんなことを独りごちたが、次第にそんなことはどうでも良くなり、夕飯も食べないまま夜を過ごした。
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