14.雪おんな(2)

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14.雪おんな(2)

4度ほど季節が巡ったある春の日、藍は久しぶりに(りゅう)と会った。 古参の烏天狗が実質的に一族をまとめているとはいえ、(りゅう)は長だ。遠巻きにはいつも見ているが、父の、娘と想い人の距離を取らせたいとの思惑より、普段言葉を交わすことはなくなっていた。 「藍」 山の表側、日が当たる斜面に佇み、ふもとを見やる(りゅう)を眼下に見つけ、藍は羽を畳み下りてきたのだ。不意な再会に、(りゅう)は驚きながらも嬉しそうな顔をした。 19歳になり、白髪は束ねられる位に伸びている。藍は12歳で、黒い艶やかな肩までの髪は変わらず、背丈は母と同じ位になっていた。目線が近くなり、藍の心はざわつく。 (りゅう)、といいかけ、一度口をつぐんだ。 「…(おさ)」 「(りゅう)でいい」 涼やかな目元は更に風格を増したが、藍に向けた笑顔は、かつての優しいままだ。藍も笑って、(りゅう)、と呼び直すと、なんだと返すにこやかな声音も変わらない。 藍は安心と切なさを感じたが、表に出さないよう努めて話し掛ける。 「近頃の山は落ち着いてきたと父は言っていますが、本当にそう思われますか?」 年頃になり、言葉遣いも変わった藍に一瞬(りゅう)は驚いたが、長として落ちていて返答をする。 「ああ…確かに得体の知れぬもののけ達が山を荒らすことは減った。共存できる者達とは、盟約を結び互いに不可侵の運びとなった。しかし」 (りゅう)はそこで、言葉をきった。 「ふもとの村に、よくないものが出るそうだ…」 天狗がいつからかこの地に住まい、山を統べるようになってから、人は空を駆け天候を操る異形の者たちを畏れ敬い、恩恵に預かってきたが、もののけ達が村を脅かしても必要以上に手助けをしないよう心掛けてきた。
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