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11.山伏と紅(2)
「また昨日も、出んかったか」
いつもの滝行を終えた山伏は、ずぶ濡れの白衣のまま川原に腰をおろした。
「もののけも、気まぐれなものよ」
隣に立つ烏天狗の伊太を見上げながら、にやり、と山伏は笑う。
水に濡れた肩までのざんばら髪の間から、艶っぽい目元が覗いた。
「烏天狗が退治にきてると、もののけの間で噂になっちょったりしてな」
「まさか」
それは任務を遂行する上で具合が悪い。そもそも、烏天狗の存在というのはすぐに気づかれるものだろうか。
「わからんかどうかは、わからんよ」
不敵な笑みが、よく似合う。
「そういえば、お前は俺を見ても特段驚かなかったな」
「驚く理由はなかろう。天狗の山に天狗はようさん飛んでいる。お前みたいなお人好しがいるのには、驚いたが」
「そうか。貉やらなにやら、俺よりはるかに様々なもののけと会っているんだな、お前は」
見かけに反して豪胆な山伏は、自分が知らない土地でどのようなもののけに出会ってきたんだろうか。
そして、その修行の道中を、どうくぐり抜けてきたのか。
伊太がそう思い珍しくじっと山伏を見つめていると、彼はにやりと笑い、伊太に背中を向けた。
おもむろに濡れた白衣を脱ぐと、伊太の眼前に異様な紋様が現れる。
「この傷は、消えないのか」
みみずが這ったようなあとが、大小さまざまに数十箇所、背中一面にびっしりついている。ただの刀傷ではない。
「もののけどもの、念じゃからな。なあに、修行の一環じゃ。たいしたことはない」
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