11.山伏と紅(4)

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11.山伏と紅(4)

人間の住む町は、いつも雑然としている。 もののけたちがふらりと現れ、また忽然と姿を消しても、かかわり合わない者たちにとっては関係のないことなのだ。 そしてそれは、もののけ同士も同じなのだった。 (ぬい)は、川面を見る。 化粧っ気のない顔がうつっているが、伊太は、そんな縫を可愛いと言ってくれた。 もう、町へ行く必要はない。伊太はたまに天狗たちの住まう山に戻ってくるらしいが、すぐに女のもとへ帰っていく。 (おさ)はこの事態をどう見ているかわからないが、他の者に被害を与えるような騒ぎを起こさない限りは、各々の行動を咎めるようなことはしない。 それは同時に、すべての責任を自らが背負うことに繋がるのだが、それこそ縫が懸念することではないだろう。 川原の砂利をふむ音がした。 「あ」 声に気づいたのか、こちらを向いたのは(くだん)ののっぺらぼう。山伏との因縁から解放され、伊太と、町で男女として過ごしているはすだ。しかし、なぜ山にいるのか。 見ると、面と紅を付けており着物は濡れている。見えずに川へ入り込んだか、はたまた川の中で何かを探していたのかと考え、思い当たった。 まだ、顔を探しているのか。 その手助けはできないが、女が濡れているのは不憫だ。縫は女に近付き、手にした羽織をかけてやる。 にこり、と笑った気がした。 不思議だ。顔はなくとも、気持ちはなんとなく伝わるものなのだ。 女が去ったあと、縫は袂から合わせ貝を取り出す。 伊太は、紅をひいたほうがもっと可愛いと言ってくれた。 そして、山伏も。
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