11.山伏と紅(5)

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11.山伏と紅(5)

「縫は、可愛いな」 濡れた体のまま、恋人を抱き寄せる。今日は白衣をつけずに滝に入っていたのだ。剥き出しの、背中の傷痕が痛々しい。 「疼いたり、しないのか」 浅い傷もあるが、盛り上がったままの大きな傷は、体に刻まれた時にはさぞ深いものだったろう。縫が優しく背中を撫でると、山伏はさらに腕に力を込める。 「昔の傷じゃ。そのうち無うなる」 年月とともに、薄くなるという意味だろうか。 山小屋には、狸以外にも様々なものが来た。あるときは大蛇が小屋を幾重にも巻き、あるときは見せかけの炎に包まれた。 そのたびに山伏は呪術を扱い撃退するが、もののけと対峙することが多い割には、様子を見る時間が長い。 傷跡からはそれなりに、壮絶な過去は想像するに難くないが、それを聞いても、いつもにやりと意味ありげな笑みとともにかわされる。 もののけの種族とはいえ、統制の取れた山で過ごしてきた烏天狗の縫には、山伏の歪んだ笑みの裏を読むことはできなかった。 伊太の笑顔は、裏も表も無いものだったから。 「伊太に会いたいのか」 びくり、と縫の体が動いたが、山伏は縫を抱いたまま離さない。 伊太と比べてしまうのは、男っ気が無い中で接する時間が長い幼なじみという関係上、仕方ないと思うが、いまの恋人の前で顔に出てしまうのは縫をさすがに気まずくさせた。 山伏は、そのまま耳元で囁く。 「おまえも、どこぞへ行ってしまうのか」 縫は首を振る。おまえも、とはどういうことだろう。考えても答えは出ず、そのままきつく抱かれていたため、山伏の肩に紅がついた。 血のようだ、と縫は思った。
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