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13.やきもち(4)
天狗は、羽根を畳んだまま静かな林の中に佇んでいた。
「…見失った」
姫は小柄で歩幅も違うし、すぐ追い付けると思ったのだ。しかし、途中で姫は狐に姿を変え、体の大きい天狗では通れない枝の間をすりぬけ、あっという間に視界から消えた。元々が小柄な狐なので、木のうろにでも入れば外からはわからない。
天狗は赤くなった額をさする。張り出した枝にぶつけたのだ。目をこらすと小動物の影がちらちらと見えるが、動きが早くて追い付けないし、また頭をぶつけることは必至だ。
「まずは…3本尾を探そう、うん」
九尾の父と、普通の狐の子である姫の尾は3本なので、遠目でもわかるだろうと天狗はゆっくり歩きだした。
子供の頃は天狗もよく遊んでいた林だ。鬼が天狗のところに遊びにいく方が多かったが、静かなこの低山も居心地がよく、よく木にもたれ二人で昼寝もした。
懐かしさを感じながら、ゆっくりと木立の間を歩く。
「おーい」
呑気な声がするほうを見ると、鬼と烏天狗が連れだってやってきた。
「いたか?」
「いや…」
そう言いながら額をさする天狗に、鬼も笑う。
「やるよな」
「だな」
そうして、姫、と呼び掛けながら3人で歩いていく。しかし烏天狗が途中途中で会う兎に、3本尾の狐は見なかったかと聞いても知らないという。
場所を変えようか、と天狗が言った直後に、鬼が木の前で立ち止まった。子供のひと抱えほどの幹を見上げると、手が届かない高さの木の又に子狐が寝ていた。しかし、尾は1本である。
「おい」
ほっとしたような表情で狐に向かって優しく声をかける鬼を、天狗たちは訝しげに見るが、鬼は意に介さない。
「おーい」
なあ、と天狗が鬼に聞く。
「あれ、尾が1本だぞ」
「でも姫だ。綺麗な毛艶だろ?」
「俺にはわかんないがな…」
「姫は特別なんだ。俺にはわかる」
そう言うと鬼は、ごめんな、と一言いって幹を掌底で突いた。力を入れたようには全く見えないが、どん、という低い音と共に幹はその場で一度揺れ、木のまたから狐を放り出した。
宙を舞うその小さな獣の尾はやはり1本だが、鬼は両手で狐を抱き止めると、体と尾に顔を埋めて嬉しそうにしている。
「じゃ、帰るわ。ありがとうな」
「ああ…」
大股で数歩進み、あ、と鬼は振り向いた。にやにやと笑いながら二人を交互に見る。
「ねえさんもたまには素直になれよ」
「なっ…!」
鬼はすでにご機嫌で、鼻唄を歌いながら自分の住みかに向かっていった。取り残されたのは天狗たち。
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