強い彼女ってどうですか?

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とある所に超強い女性がいました。 彼女の名前はマリベルと言いました。マリベルは剣術に馬術、体術に優れた超がつく強い女性です。背が高くすらりとした外見に青い瞳と鮮やかな赤髪が印象に残る美しい人物でもあります。 そんなマリベルも21歳で既に行き遅れといえる年齢になっていました。マリベルは男性に興味も持たずにただただ剣術と体術で体を鍛え、兵学に勤しむ毎日を送っていたのでしたーー。 「……マリベル。今日こそは縁談を受けてもらうぞ」 飴色に輝く机と立派な椅子に座る中年の赤髪の男性がマリベルに告げました。 「父上。わたしは縁談なんか興味がありません。放っといてもらえませんか?」 「何を言うか。お前は我がチート伯爵家の長女なんだぞ。しかも唯一の娘だ。弟のイアンがいるとはいえ、お前は伯爵家の跡取りにもなれる。そんなお前だからこそ早めに結婚してもらいたかったのに。なのに何で20歳を越えても嫁の引き取り手がいないんだ」 「……父上」 痛いところを突かれてマリベルは父上ことチート伯爵に気弱な表情を見せます。伯爵はため息をつきました。 「ふう。お前を責めたい訳ではないんだ。だが、もうマリベルも21になったろう。母上やわしを安心させてほしいのだよ。後は可愛い孫の顔でも見せてくれれば尚良しだ」 「わかりましたよ。で、今回の縁談の相手は誰なんですか?」 「うむ。縁談の相手はな。この国の第一王子のユリアヌス殿下だ」 マリベルは第一王子と聞いて仰け反りそうになりました。それもそのはず、ユリアヌス殿下は黄金に輝く髪に深みのある藍色の瞳、秀麗な面立ちのこの世のものならぬ超美形で有名な方でした。背も高くて筋骨隆々とまではいかずとも均整の取れた体つきでありました。性格も穏やかで聡明な王子で頭脳明晰と三拍子揃っています。 そんな高貴でやんごとなき王子が何で脳筋令嬢と自負する自分との縁談を受ける気になったのでしょうか。解せぬとマリベルは考え込みます。 「すまぬな。ユリアヌス殿下のたってのご希望だそうだ。何、お前は着飾って微笑んでいればよろしい。一人で行かせるのも忍びない。わしと母上も付いていこう。領地の事は心配するな。イアンに任せるから」 「仕方ないですね。イアンには悪いが。王都に行きます」 本当にすまんと伯爵は謝ります。マリベルは仕方ないかと思いながら窓の向こうの空を見やります。青く透き通った空は晴れ渡っていたのでした。 あれから、一週間が経ちました。マリベルは馬に乗り王都への旅路を進んでいます。両親は馬車に乗り逞しい娘を心配そうに窓から見守っていました。 「あなた、マリベルは大丈夫でしょうか」 「大丈夫だよ。何と言ってもマリベルは賊を一人で剣で斬り伏せたではないか。10人もの強面の野郎共を蹴散らした手練だぞ」 「そうですけどね。それでもあの子には怪我をしてほしくないのよ。傷跡でも残ったら殿下に合わす顔がありません」 両親は馬車の中でマリベルを心配するあまりオロオロとしていました。 それもそうでしょう。マリベルは伯爵家に仕える騎士二人と両親の護衛をしていますが。本来であれば、彼女こそが守られるべき立場にあります。 伯爵と夫人はどうしたものかと頭を抱えました。マリベルに一緒に馬車に乗ってと言っても断られるのは目に見えています。 そうかと言って無理矢理乗せても腕っぷしの強い彼女のこと、嫌がって暴れる事請け合いです。夫人は深くため息をつきました。 「仕方ないですね。あなた、マリベルに何かあったら馬車に一緒に乗ってもらいましょう。でもあの子。ドレスを着てくれるかしら……」 「そこが問題だな……」 伯爵と夫人はやれやれと首を横に振りました。 王都に着き、マリベルは両親と共に伯爵家所有の別邸に入りました。別邸で一晩休んでから朝方に王宮に行く事になります。 夫人がマリベルを起こしたらまずはお風呂に入らせるようにメイド達に言いつけます。メイドが四人がかりで背の高いマリベルをお風呂に入らせました。 全身を隈なく磨き上げられてクリームや香油で入念なマッサージを受けます。 そうした後で顔にもお化粧水や乳液、クリームなどを塗りこまれました。ドレスを着せられます。ドレスは淡い藍色でマリベルの瞳に合わせてあります。 「ああ。お嬢様、よくお似合いです」 「本当です。後は髪結いとお化粧ですね」 メイドの二人が褒めるとマリベルは不思議そうに小首を傾げます。そんな仕草も可愛いと思うのでした。 髪はヘアピンをいくつも使ってアップにして大きなサファイアで作られたヴァレッタで留めます。耳には小粒のルビーのイヤリング、首元にはヴァレッタと同じ美しいサファイアが銀の台座に嵌め込まれた繊細なチェーンのネックレスで飾りました。 お化粧もブルーのアイシャドウを施してクールな美女風に見せます。すらりとしたマリベルにはよく似合いました。身支度ができると夫人がドアをノックして入ってきます。綺麗に着飾った娘を見て感激したのでした。 「まあ。マリベル、美しいではないの。これだったらユリアヌス殿下も気に入ってくださるわ」 「母上。そんな。褒めたって何にも出ませんよ」 苦笑するマリベルに夫人はそんな事あるもんですかと怒ります。 「マリベル。あなたはもっと自分に自信を持った方がよくてよ。いつもこんな風にしていればいいのに。勿体無いわ」 「そうですか。でも私には窮屈で」 マリベルが言うと夫人はまたそんな事をと呆れます。そんな二人をメイド達は微笑ましいとばかりに見守っていました。 昼頃になりコルセットのせいで息苦しさを感じながらもマリベルは両親と共に登城します。やっと第一王子殿下とのお見合いです。 マリベルはいつもとは違う雰囲気に緊張していました。すうはあと深呼吸を繰り返しています。夫人は大丈夫かしらとまた心配になりました。 馬車はがらがらと音を立てながら進みます。両親は互いに目配せをしました。 マリベルはそれに気づかないまま、気持ちを落ち着けるのに集中しています。第一王子であるユリアヌス殿下は優しい方だとは聞いていましたが。失礼のないように振る舞わないといけないとマリベルは極度に緊張してしまっていました。無情にも馬車は王宮の門にたどり着きます。御者がチート伯爵家だと名乗り衛兵から入ってよいと許可がおりました。マリベル達を乗せた馬車は門から王宮の中に入ります。とうとうお見合いが目前に近づいていたのでした。 王宮の一番奥の門の前に着くと両親とマリベルは馬車から降りました。門で国王陛下付きの侍従の男性と宰相が出迎えてくれます。父ことチート伯爵は何故宰相までがこの場にいるのかわかりません。なので失礼を承知で尋ねました。 「あの。宰相閣下。今日はうちの娘のお見合いなのですが。何故こちらに……?」 「チート伯爵。娘さんのお見合いといえどお相手は王子殿下ですからな。陛下の命で仲人としてこの場にいます」 「はあ。宰相閣下が仲人ですか。恐縮です」 伯爵が冷や汗をかく中、マリベルと夫人も目を見合せました。宰相閣下自らが仲人役を引き受けるとは。さすがに一貴族のお見合いとは一味違います。 「さて。そちらのお嬢さんがマリベル殿ですな。殿下と陛下は謁見の間にてお待ちかねです」 「はい。あの初めまして。宰相閣下。マリベル・チートと申します」 マリベルが膝を曲げてドレスの裾を摘まんで一礼をします。宰相も頷きました。 「こちらこそ初めまして。わたしは宰相を務めるウィルソンと申します。では謁見の間に案内しますので」 マリベルと両親は宰相に付いて行ったのでした。 国王陛下とユリアヌス殿下の待つ謁見の間に着きました。続くドアの両脇に騎士が佇んでいます。宰相が声をかけると心得たとばかりに騎士はドアを静かに開けました。 促されて父のチート伯爵が最初に入って夫人が続き、最後にマリベルが入ります。ドアは閉められて謁見の間には国王陛下とユリアヌス殿下、宰相、チート伯爵夫妻に娘のマリベルの六人だけになりました。 陛下が鷹揚に頷きます。チート伯爵夫妻が前に出て王への最上位の礼をしました。マリベルも同時に女性の最上位の礼をします。陛下はまず最初に父の伯爵に声をかけました。 「よくぞ来てくれた。チート伯爵、並びに夫人。後ろにいるのはマリベル嬢か。今日はどういう用で来たか聞いておるな?」 陛下が問うと宰相が答えます。 「はい。わたしめが伯爵に伝えました。今日は殿下とマリベル嬢との婚約内定を伝えるための謁見だとは」 「そうか。マリベル嬢、いきなりの事で驚いているようだが。伯爵家とはいえ、そなたの強さや賢さは伯爵から聞いている。ユリアヌスはな、困った事にお淑やかな深窓の令嬢が嫌いでな。むしろ、豪胆なおなごが好きなのだ」 いきなり陛下は愚痴を言い出しました。何のことやらとマリベルは首を傾げます。 「……」 「ああ、話が横にそれてしまった。今のは聞かなかった事に」 マリベルや両親、ユリアヌス殿下が返答に困る中で陛下はそう言って咳払いをしました。 「まあそういう事だ。マリベル嬢、ユリアヌスの婚約者になってくれないか?」 「はあ。私には拒否権はありませんし。謹んでお受けいたします」 「そうか。ユリアヌスはこの通り好みは変わっているが。良い奴なんだ。まあ、剣術の模擬試合でもやったらそなたのことを余計に気に入るかもしれんが」 陛下の言葉にマリベルは無言でいました。ユリアヌス殿下は無類の武術バカらしいとわかり引いてしまいます。陛下はマリベルが本音では婚約を嫌がり始めているのに気づいていません。ユリアヌス殿下はまた縁談が潰れると落胆しました。 「……陛下。その剣術の模擬試合をお受けしてもいいですか?」 「え。よいのかね?」 「はい」 マリベルは頷くと騎士の礼をとりました。陛下はふむと頷き、ユリアヌス殿下も面白いと笑っていました。 「ほう。騎士の礼の仕方を知っているとはな。なかなか面白いお嬢さんだ」 低いけど心地よい声が謁見の間に響きました。マリベルは驚いて自分の耳を疑います。 「頭を上げてよいぞ。ユリアヌス、早速だが。剣術の模擬試合をマリベル嬢とやりなさい。何、どちらが勝とうが負けようが恨みっこはなしだぞ」 「わかりました。マリベル嬢との模擬試合をやります。今から服を着替えて支度をしてきてよろしいでしょうか?」 「よい。マリベル嬢も支度をしてきたらいい」 陛下の配慮にマリベルはもう一度深々と頭を下げました。礼をした後、マリベルとユリアヌス殿下は剣術の模擬試合の準備のために謁見の間を退出したのでした。 小一時間ほど経ってからマリベルは動きやすい男物の白いシャツと黒のスラックスに編み上げのブーツに着替えていました。手には模擬試合の場所に選ばれた騎士の訓練場にあった刃の潰された剣を持っています。少ししてユリアヌス殿下も動きやすい服装でやってきました。 殿下にも騎士から同じような剣を渡されます。二人とも準備運動をしてから模擬試合となりました。剣を互いに構えて向き合います。 審判役になった騎士が始めと声を挙げました。ユリアヌス殿下が素早くマリベルとの間合いを一気に詰めてきます。剣を横から薙ぎました。ですがマリベルは予想をしていたようで後ろに飛びのいて難なく避けてしまうのです。彼女の技量は思ったよりも上だと殿下は内心で驚いていたのでした。 マリベルが反撃を繰り出してきます。重さには欠けますが。素早く正確な突きをしてきます。殿下はそれを避けたり剣で防ぎました。 周囲はユリアヌス殿下とマリベルは互角だという事に気付き始めています。特にマリベルの父伯爵や騎士達は二人のどちらが勝つかは運次第だとわかっていました。 「……なかなかやるじゃないか」 「私も本気を出していますよ。殿下」 にやりと笑いながら剣で突きを繰り返す殿下に余裕のない表情でそれを防ぐマリベルは短く答えます。防戦一方に見えますが反撃をする機会を窺っていました。殿下の剣戟は一撃一撃が重く腕が痺れてしまう程です。それでもマリベルは持ち前の素早さで避けます。十分くらいは経ったでしょうか。 殿下の突きに変化が見え始めました。疲れてきたようです。マリベルはこれは好機とばかりに間合いを詰めて殿下にいきなり抱きつきました。殿下は驚いて剣を落とします。マリベルは剣を殿下のうなじに当てていました。 審判役の騎士が信じられないという表情になりながらも声を挙げます。 「……この試合、マリベル・チート殿の勝ちーー!!」 マリベルは騎士の告げた言葉に満足したのか抱きついていた殿下からそっと離れます。ぽかんとしたままで殿下は呟きました。 「嘘だろ……」 「いきなり抱きつくような破廉恥な真似をして申し訳ありません。でも陛下のお言葉の通り恨みっこはなしですよ」 マリベルはにこりと笑って手を差し出すます。殿下はおそるおそる差し出された手を取り握りました。 「……わかった。俺の負けだ。意外な方法で勝ったな君は」 「恐縮です」 殿下は立ち上がるとマリベルの手をぎゅっと力を入れて再び握ります。笑顔でこう言いました。 「今回は仕方がない。だが次こそは俺が勝つからな。まあ、よろしく頼むぞ。婚約者殿」 殿下はそんな台詞を告げてマリベルの手を離します。踵を返して王宮の中に戻って行きました。マリベルは驚きながらもそれを見送るのでした。 あれから、とんとん拍子に婚約は成立してマリベルは結婚式を迎えていました。正式に王太子妃になったのです。ユリアヌス殿下は側妃を迎えずにマリベルただ一人を大事にしています。 マリベルは相変わらず、騎士団で訓練を怠らずに剣術を磨きつつも王太子妃としての公務もこなしていました。 「……マリベル様。今日も元気ですね」 「うん。病気なんてしていられないよ。いつもありがとう。イリア」 マリベルにイリアと呼ばれたメイドは今年で18歳になる少女です。薄い茶色の髪と瞳で目立ちませんが可憐な雰囲気の持ち主でした。 イリアは紅茶を淹れながらお礼を言ってくれるマリベルを尊敬しています。文武両道で強くも優しいお妃様は美人でもありました。仕え始めてもう二年になりますが。イリアはマリベルをどんどん好きになっていました。 「マリベル様。わたし、王太子妃があなたで良かったと思います」 「いきなりどうしたの。イリア」 「思った事を申したまでです」 イリアはそう言って紅茶の入ったカップをマリベルの前に置きました。ゆらゆらと湯気がたゆたいます。 マリベルはカップを手に取るとこくりと飲みます。良い香りと渋みのある味は彼女の好みのものです。飲み込むと良い香りが鼻腔を抜けていきました。 窓から見える景色を眺めます。空は秋らしく青く澄み渡っています。マリベルはカップをソーサーに置くと自分の腹を撫でました。 実はマリベルは懐妊しています。もう今で四カ月に入ろうとしていました。まだ目立たないお腹ですが。体調が以前まで優れず、剣術や体術の訓練はしばらく休んでいました。ユリアヌス殿下や医師、メイド達に止められた結果でした。 ふうと吐息をつきます。イリアは心配そうに見つめています。マリベルは大丈夫だと微笑みました。空に一対の鳥が飛び、ぴいと鳴き声をあげます。平和な中でマリベルはまた紅茶を飲みました。それをイリアは見ながらさてと次にする事を考えたのでした。 マリベルは半年後に元気な王子を生みました。王子はマリウスと名付けられます。ユリアヌス殿下も大いに喜び、マリウス王子を可愛がりました。その後もユリアヌス殿下とマリベルは夫婦仲がよく末長く過ごしたようです。ユリアヌス殿下は王になり賢君と讃えられました。マリウス王子も後に立派な王になり国をよく治めたと歴史書には記してありますーー。 ー終わりー
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