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05 ふたりの日々 その2
カフェでのやり取りからまた数日後。
地元駅から電車で二〇分ほど離れたとある駅に、聡流は来ていた。
聡流はさっきから駅の改札に隣接したコンビニの前で、窓ガラスを鏡代わりにして神経質に髪の毛を整え続けていた。もう一〇分近く同じことをしているが、実にそわそわと落ち着きがない。もう何度、時計を確認したことだろう。
眼下に広がる無数の線路でオレンジや緑、水色の電車が行き交い轟音を立てている。そこは大型の橋上駅だ。近くにはコンサートやらイベントやらで年中使用される、全国的にも有名なドーム会場があった。
「おーい、サトくーん!」
そこへ明美が到着する。駅コンコースから小走りで寄って来る姿を見て、聡流の動悸が少し早まった。その日の彼女は私服のミニスカにカーディガン、ブーツといった柔らかい出で立ちをしていて、どう見ても聡流よりお洒落だった。
対する自分はシャツにパーカー、スニーカーは安物。みっともなさで死にたくなる。
「……明美さん」
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いえ、あの、僕もついさっき来たばかりですんで……」
嘘である。本当は三〇分も早く到着していた。
何しろ初めてのことなので、はやる気持ちを抑えられなかったのだ。
「良かった、サトくん来てくれて。本気にしないですっぽかされたら、どうしようって」
「……僕も、少しびっくりしました」
「何が?」
改めて明美との距離が迫ってくると、まともに相手の顔を見れなくなる。
お洒落で、朗らかで、とろりとした甘い匂い。まだ聡流には、イマイチ現実感がなかった。
「明美さん……本当に、その……」
「なになにー? 照れてんのー、サトくーん?」
消え入るように目を逸らした聡流に、明美は後ろからいきなり抱きついてきた。背中と脇腹あたりに弾力のあるものが押しつけられて、聡流は頭の中身が真っ白になった。全身を痺れる様な感覚が貫き、伝わって来る体温が心地好い。目の前にある手に自分の手を重ねたいと一瞬思ったが、それだけは聡流は必死に自制した。
そして当の明美は、冗談めかしたつもりだったのが、聡流が硬直してしまったので、やがて大焦りしながら身を引いた。
「あっ、ごめん、サトくん……ちょっと調子に乗り過ぎちゃった……あははは……」
自分でやっておきながら、苦笑いするように誤魔化す明美。
しかし聡流が結構真面目な顔で見つめ返してきているのに気付き、明美もちょっと戸惑った表情になる。微妙な沈黙が二人の間に漂った。明美はちょっとだけ髪を弄ってみた後、改めて聡流の手を取り率先して町を歩き出した。
「……行こっ?」
聡流も無言で頷き従う。明美の手を、聡流は気持ち強めに握り返した。
「今日はね、サトくんがお腹いーっぱいになるまで、食べさせてあげるから」
聡流はふと、手を引く明美の背中越しに空を見上げた。
視界いっぱいの晴れ模様が見える。心なしか、普段よりも色鮮やかである気がした。
そうしてふたりの秘密の関係が、その日から本当の意味で始まった。
周辺住民の通報で教団を訪れる時や、巡回路をパトロールする時、明美は度々内緒で聡流に会いに来ては予定をすり合わせ、地元から離れた駅などで待ち合わせをした。
この時代に、敢えてアナログ手段に徹したのが効果的だったのだろう。二年間にも渡って、ふたりの関係は露見しなかった。彼らは怪しまれないようその都度場所を変え、カフェなどを中心にあちこちの駅近くで食事をした。費用は全部、明美が出してくれた。
そのうち、新しい場所を探すのが日々の生き甲斐に変わった。警察が教団本部にやって来ることさえも、不思議と楽しみになった。そうしてある時ふと、聡流は気が付いた。
空も建物も風景も、それぞれ別々の色合いを持っていたのだ。
天気は曇り一色ではない。雨もあれば晴れもある。暗い日もあれば明るい日もある。
世界にいつの間にか、色彩が甦っていた。
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