「メロンパンになれない僕ら。」

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今年の夏も異常に暑かった。それでも去年、はじめて経験した熱中症に、 その次の週あたりで追い打ちのように食中毒になってしまった頃を思えば。  今年は無事にすんだというところだろうか。 そんなことを、ふと、考えてしまうのは。エンジンをかけた社用車内から 流れる、軽快なラジオのトーク内容。  向江田 春彦は、まだ、やわらかな陽射しに目を細めながら。 “(株)モトムラパン”の工場で造られた商品を軽トラックに積んで、最 寄りの、いくつかの販売店へと、いつもの順路で卸していく。  地元に根づいたモトムラパンは、大型ショッピングセンターのテナント から一部スーパーのパン売り場、道の駅のパンコーナーに、小さな待ち店 を展開する中堅企業のひとつだ。 調理の専門学校を卒業して、一度は、洋食屋の厨房に入った春彦だったが。 いまいち、オーナーとも合わず、好きだった調理も結局、いくつかレシピ を覚えて、メインで任されだした頃には迷いはじめていた。  小さな店の中の派閥や、オーナーと料理長の意向、それに伴う先輩後輩 たちの再三にわたる揉めごとに。 どちらにもつかず、中立な立場で、厨房の中よりも、お客さんの美味しい 顔をもっと見ていたいと行動する春彦の姿は。  ときより、やっかみ者に感じられたようで、最後の日には料理長に対し。 「調理まで嫌いになりたくないので、辞めさせてもらいます」 そう言って、ユニホームをロッカーに投げこんで帰った。
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