「メロンパンになれない僕ら。」

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そんな頃、春彦に。「調理の経験を活かして、パンを一緒につくってみ ませんか」と、声をかけてくれたのが。 厨房に食材の卸し業者として、出入りしていた小野だった。  もともとパンも好きだったし、何だかんだと365日中で360日以上は、何 かしらのパンを1日で、食べている自分に気づいた春彦は。 「パン屋の経験もないですが、僕で良ければ、勉強させて下さい」  そう返事し。今のモトムラパンの従業員になって、約4年が経つ。 厨房内しか知らず、外に出るときは、帰るときか、買い出しのときくらい だった自分にとって。  モトムラパン工場の業務内容は多岐にわたっていた。毎月開発する“今 月の注目パンシリーズ”の企画会議から実際のモデルパンの製パン化に。 ラインの製造、廃棄管理に。営業担当と月に一度、経営戦略会議に参加し たり、注目パンのプレゼンテーション。 そして、数日おきに交代で、いくつかの契約・系列店への朝の配送を兼ね。 現場スタッフとの情報交換と注目パンシリーズの動きを直接聞くことにな っているのだ。 注目パンシリーズの良し悪しによっては、とくに待ち店などは、月の売 上が大きく左右される為。うまくヒット商品につながったときの店長の反 応と、反対に客受けが悪かったときのダメ出しの落差がすごい。  これから行く店舗のひとつを任せられている“パン工房モトムラ唐人店” の店長、東丸あたりに至っては、先月末に言ってたことと、今月に入って から言うことが、まるで違う。  「来月の注目パンシリーズのひとつにある“チーズチョコきなこ”は、 僕が他店で見つけて企画室に進言したんですよ?あれは、起爆剤になる と思います。楽しみです。」 それが、月も第二週の後半になると。  「チーズチョコきなこは、僕のイメージと完成が違ってた。もっと食感 がもっちりだったんだけどなぁ。まったく。」  東丸を見ていると、つい洋食屋の厨房のいざこざを思い出してしまう。 春彦は、内心うんざりしながら、企画室に報告出しておきます、それだけ 告げると頭を下げて、空ケースを積んだ台車を裏口へ運んだ。  背中ごしに東丸の「いや、あくまで僕の個人的な見解なんで、オフレコ でお願いしまーす」と、よく通る声が響く。 春彦は、横顔で再び、会釈してホール側に卸した空ケースを取りにいく。  「向江田さん、おはようございます。お疲れ様です。」 裏の工房との従業員通用口を台車ごと移動してきた春彦に、開店準備をし ていた二人の従業員が同時に声をかける。
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