「メロンパンになれない僕ら。」

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赤茶色の帽子に白と黒の上下パンツ、腰には朱色の短いエプロンと、動 きやすさを重視したユニホームをまとった女性が二人。春彦の方を向きな がらも手を世話しなく動かしていた。  オープン約一時間を切ったこの時間帯は、様々なパンが焼けて、一気に 店内に香りがひろがっている。 工場から届けられたパンのほとんどは、コーティングしてあるものが多い が、店舗で焼き上げるパンと合わせても、女性二人でセッティングする のは、かなり大変だろう。  空のケースを積み上げながら、春彦は、二人の販売員のひとり、新山 柊子に視線をやる。柊子は、その視線をときより瞬間、アイコンタクトす ると、ま・た・ね、と口を動かす。 そして、もうひとりの従業員も素早く木目調のトレーにパンを並べながら、 柊子と春彦を瞬間、交互に見て笑みを浮かべていた。  春彦と柊子が付き合いはじめて、一年以上になる。そのことを、こちら の店舗で唯一、販売員の同僚、山中は知っているのだ。 春彦と柊子が付き合いだしたキッカケは、ある月の注目パンシリーズが キッカケだった。  工場でのパン製造のノウハウを自分のものにしだして、春彦が二年目の 頃。注目パンシリーズの開発チームにも参加するようになった。  そのパンの案を考えながら、遠方のパン屋に足をのばした先で、偶然、 柊子を見かけた。 柊子は、まだ少し肌寒い季節だというのに、オープンテラスのテーブルに パンをいくつもひろげ、熱い珈琲と共にまったりしていた。 人気店で店内の少ないイートインスペースは、客が溢れかえっており、春 彦は、テラスの端の方でパンを食べようとしていた。 テーブルの上に、おおよそひとりでは食べきれないようなパンをひろげて いる女性が、何となく見覚えのある雰囲気だとは思った春彦だったが。  まじまじと見るわけにもいかず、とりあえず、目的の焼きたての香りと 温もりのあるパンを味見しようと決め。柊子の後ろを通り抜け、端の方で 食べようとしていたのだ。  その光景を視線の端に見つけた柊子が、春彦とも知らず声をかけた。  「あの…良ければ、ここ、空いてますよ?」
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