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1~3話
1話 梅雨明け
梅雨明けの夜道で雨の跡を見つけた。
何かを引きずったような不思議な跡だった。濃い雨の残り香に誘われ、湿った道を辿ると廃工場に着いた。
道は工場内の水たまりの前で止まっていて、澄んだ水には黄色いレインコートが浮いている。
想像外の不気味な光景に無意識に視線を足元に逸らすと、レインコートと水面に映る自分の頭の間に黒いミノムシのようなものがゆらゆら揺れていた。
驚いて顔を上げる。目が合った。
落ちてたはずのレインコートを着た男がドロンとした目つきでこちらを見下げていた。
痩せこけた顔から滴る水滴が頬を濡らす。雨の臭いがした。
男の口が開く。しかし、それが何かを言う前に私は悲鳴を上げて逃げ出した。
そして、気づいたら家の前。全身から汗が噴き出していたが、大雨に濡れたみたいに体は冷え切っていた。
あの日以来、雨は降っていない。ただあの雨の臭いを時々感じる。その度にあの男の顔を思い出さないように濡れた犬のように頭を振るった。
2話 暑い女
夏が来ると必ず見える女がいる。熱気にぼかされた視界の中でドロドロに溶けた長い髪の女が、だらりとした体を振り乱しながら歩いてくるのだ。
なめくじのようにゆっくりと進む女。追いつかれることはない。時々、すれ違った人間にべたりと触れてはニタニタと笑う。
離れているはずなのになぜか人が焼ける嫌なにおいがこちらにも解かって不快で後ろめたかった。
女に気を取られて人とぶつかってしまった。慌てて謝るとスーツの男は私の肩をポンポンと叩く。
ねちゃねちゃと彼の手が糸を引く。
彼はニタニタと笑いながら溶けた顔で私を見ていた。
3話 廃屋の紳士
私は今、身を屈めて隠れている。耳を澄ます。また聞こえた。
カツンカツン、革靴で歩く音だ。
こんな廃墟にそんな靴吐いてくる人間がいるはずない。ボロボロの扉を睨みながら通り過ぎるのを待った。
カツン、カツン、カツン、カツン。
音は扉の前で止まる。
今度はドアを叩くけたたましい音が響く。
膝を抱えて震えているとしばらくして音は止んだ。
首を伸ばして扉の方を見る。何の音もしない。いなくなったか確認しようと物陰から身を乗り出したとき、耳元で低い男の声が囁いた。
「三人いるのに」
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