44人が本棚に入れています
本棚に追加
ニ.目を疑う
翌朝、もうどこにもあの人間では無い少年の姿が見えないことに安心しながら、いつも通りに起き、いつも通りに朝食をとり、いつも通りに家を出て、いつも通りの電車に乗り、いつも通りの位置に立った。
が、いつも通りの場所に、彼女の姿は見えなかった。
心臓がぎゅっ、となった気がしたが、
いや、たまたまだ、彼女が一本早かったか遅くなっただけ、それか風邪でもひいて休んでいるだけ、きっとそうだ、学校に行けばわかる、これはあいつのせいなんかじゃない、たまたま、今までだって時々あった、たまたまそういう日なだけだ、
早まる鼓動を必死に収めようと深呼吸をしながら、やがて駅に着き、学校までの道を彼女がどこかに見えないか探して歩くが、やはりどこにも見当たらないまま校舎へと入った。
やっぱ休みかな……。
思いつつ靴箱から自分の上履きを出していると、誰も触れてもいないのに彼女の靴箱の扉が開き、何かを出し入れする音が聞こえて再びパタンッ、と閉まり、
「あ、おはよう、早いじゃん」
上履きを履きながら僕の真後ろを移動し、校舎の中の誰かに向かって話しかけるような彼女の声が聞こえた。
はっとしてその声の方を振り返るが、ほのかな女子の匂いを残して、何か荷物を抱えて歩くような衣擦れ交じりの足音と、いつもの通りに部活の友人たちと、今日の練習のことや、昨晩のドラマのことや、いつどんな髪型にしたいなどの話をしながら弓道場へと向かう彼女の声だけがそこにあって、その声や音や匂いを生み出している彼女自身の姿はどこにも見当たらなかった。
最初のコメントを投稿しよう!