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06 野球部にて その2
「力也ー、智樹ー、どっちも頑張れー!」
練習前のアップがひと通り終わったタイミングで、作っておいた麦茶のタンクを両手にして戻ってみると、いつの間にかユーリがグラウンドに合流してきていた。
「ユーリ、今どんな状況?」
「智樹が魔球にチャレンジしてるけど、中々成功しない」
「あいつまだやってんのか」
忠告したにも拘わらずこれだったので、勝瑠は呆れてしまった。
現在、マウンドには智樹が、バッターボックスには力也が立っている。その他のメンバーは普段の守備位置。投手と打者の相対するこの方式が、最も一同のやる気が出るらしい。
「力也は力也で、さっきからずっとオスカル打法っていうのにチャレンジしてる」
「オスカル打法? なんだそれ」
「なんか、十八世紀のフランス貴族の剣術を参考にしたバッティングなんだって」
「あいつら、普通に練習出来ないのか?」
勝瑠は次第に頭が痛くなってきた。
大体、フランス貴族の剣術といえば要するにフェンシングだ。当然ながら、主体となるのは突き攻撃。野球のスイングにどのあたりが応用できるのか、説明出来るものならばしてみろと言いたい。なのに、ユーリは無邪気に目を輝かせていた。
「あっ、見て智樹が投げるよ」
マウンドで智樹がフォームを取り投げる。明らかな暴投だったが捕手は見事キャッチ。大方魔球とやらを投げようとしたのだ。力也は力也で、そんな球にフルスイングしている。勝瑠は堪らずタイムをかけ、力也と智樹を一箇所に呼びつけた。
「おい、こんな時期にふざけてる場合じゃないぞ。魔球だけでも酷いのに、オスカル打法って何だよ一体」
「……実は俺にもよく分からない」
言い出した当人が、馬鹿げたことをほざいていた。
「いいから普通に練習しろよ、お前ら実力あるんだから勿体ないだろ」
「いや……それはそうなんだけどさ」
「俺らも元々、冗談のつもりで言ってたんだよ」
力也が困った顔でそう明かした。
「だけどユーリがあんまキラキラした目で見てくるから」
「なんか裏切れない気分になってくるんだよな」
「……まあ、その気持ちはちょっと分かるけど」
「ユーリ、最近急に可愛くなってない?」
思わず同意した勝瑠の前で、今度は智樹がそう訊いてきた。
「初めて来た時、あんな風じゃなかったよね……何かあったのかな」
「恋だったりしてな」
何やら話が不穏な方向に行きそうだったので、とにかく普通に投げて打つよう言って、その場は解散する。勝瑠とユーリが夜ふたりきりで会っていることは、他の部員には内緒なのだ。部の雰囲気からして咎められるとも思わないが、母の件もあってユーリと個人的に仲良くしていることに、どうしても後ろめたさのようなものが拭えなかったのだ。
勝瑠がユーリの元に戻ると、期待の眼差しを向けられる。
「智樹と力也、何て言ってた!?」
「あのなユーリ、奴らが適当に言ったこと、あんまり真に受けないでやれ。あいつら人が良いから、期待に応えようとしちゃうんだよ。魔球もオスカル打法も当分おあずけ」
「えー、そうなの……」
残念そうな顔をするユーリに苦笑しながらも、再開した練習を眺めていると、今度は智樹が一転して真っ当なストレートを投げる様になっていた。案外、適度に肩の力が抜けて良かったのかもしれない。
「球速一二〇キロ」
「見ただけで計測できるの、相変わらず凄いな」
「この機能があったお陰で、監督が僕を選んでくれたんだよね」
ユーリがはにかんで言った。
「元々、別の場所でも野球をやっていたのかもしれないよね、僕」
「……何にも覚えてないんだよな」
「まあね。でも仕方ないよ、個人情報とか色々あるんだろうし」
ユーリは、野球部へと来る以前の記憶を一切持っていない。初期型ロボットをベースとした中古品でなければ予算が足らなかったという事情もあるが、過去の記憶がないことを当然の様に語ってしまうユーリが、時々とても切なく見えて仕方なかった。
そんなことを考えている隙にまた智樹が投球する。
「球速一二五キロ」
「ようやく調子が戻ってきたな」
「それにね勝瑠……僕は別に悲しくないんだよ。だってここの皆と、何よりも君と出会えたんだから」
「お世辞でも嬉しいよ」
「……お世辞だって思うかい?」
小首を傾げ、上目遣いに言ってくるユーリに思わず目を奪われる。
「そ、そういえば最近、ユーリが急に可愛くなって、みんな戸惑ってるって言ってたぞ」
勝瑠は誤魔化すように、ワザとらしく咳払いした。
「ここに来たばっかりの頃と、全然違うって」
「そうなんだ」
「俺も気になるんだけど、何かあったの?」
「きっと勝瑠の所為じゃないかな」
「え」
訊き返そうとした時、勝瑠たちの前で信じられない事態が起こった。智樹の投げたボールが視界から消え失せたのだ。まさか本当に魔球でも成功したのか? そんなことを疑った直後、ドーン! とバスティーユの牢獄に大砲が直撃したみたいな音が響いた。
いつの間にか捕手が尻餅を突いていて、バッターボックスの力也が唖然とした顔でそちらを振り返った。グラウンドに展開していた部員連中が湧き返る。
「……球速一五〇キロ」
「ご、ごめんっ! ちょっと力みすぎた!」
「最高記録更新じゃねえか」
自己史上最速の剛速球を投げた智樹本人が済まなそうな顔をし、バッターボックスの力也を始めそれ以外の連中が全員彼を称賛していた。当然、ユーリもその一人だ。
「魔球が完成したのかな!?」
「ちょっと違う気がする」
目を輝かせるユーリに苦笑した直後、勝瑠は不意に強い球を捕らされた捕手に、怪我をしてないかどうか声をかけ確認した。念のためテープと氷のうを準備しておくべきかもしれないと勝瑠は思った。
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