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05 野球部にて その1
「智樹、今日こそは魔球見られるかい?」
「あー、今はちょっと品切れ中」
翌日の野球部部室。背が高くて人懐っこい顔つきの部員が、如何にもすまなそうにユーリと話していた。ピッチャーの智樹だ。最近は縦幅のみならず横幅までもが増強されつつあるが、こんな奴でも部のエースだから侮れない。
「でも近いうちに、必ず入荷するから」
「馬鹿なこと言ってないで早く準備しろよ」
勝瑠は何となく苛立って、遠くから智樹に向かって声をかけた。
「県大だってすぐなんだから……あっ、智樹お前、手首のテーピング忘れずに替えろよ。昨日結構痛そうにしてたから。お前が故障したら、俺たちだって困るんだからな」
「はーい、ママ了解」
「だから俺をママって呼ぶのやめろ!」
「ユーリ、今日も練習が終わったら歴史の授業な」
勝瑠が憤慨している隙に、別の部員がユーリと喋り出していた。
「ありがと、力也。えっと、昨日の続きだから」
「バスティーユ牢獄が遂に陥落! アンドレに続いてオスカルまでが戦死、そして……」
「おいこら待て待て。お前それ、歴史じゃなくってベルばらの授業だろ」
勝瑠が耳聡く聞きつけ、ユーリとの話に割って入る。
「ユーリにあんま変なこと吹き込むなよ? 自重しろってホントに」
「残念だな、我が辞書に自重という二文字はないッ!」
「……それ、ナポレオンかなんかの台詞だっけ」
「ベルばらの続編漫画ってナポレオンの話なんだぜ。知ってる? 時代が地続きだから」
「そうなの!? ……いやどうでもいいよ、それより早く行け練習! 歴史の授業は後!」
「ははは、そんじゃあ行ってくるぜ、勝瑠ママ!」
「だーかーらー、ママって呼ぶな!」
にも拘わらず、力也に続く部員たちは口々に「行ってきますママ!」「ママ頑張って!」などひたすら勝瑠にママコールを連発。楽しそうにグラウンドに向かって出て行った。
お前ら、後で覚えとけよ。
「じゃあ勝瑠、僕は皆の洗濯物干してくるから」
「気をつけてな……お前、湿気に弱いんだから無理しなくていいんだよ」
ユーリが全員分のユニフォームを籠ごと運ぼうとするので、勝瑠は思わず声をかける。洗濯済みのユニフォームは吸水して重くなっているハズなのに、軽々と持ち上げていた。こういう部分は流石ロボットだった。
「なんなら俺がやるよ。ユーリはグラウンドの方に行ってくれても」
「気にしないでいいよ。僕のが力持ちなんだし、交代でやらなくちゃ。勝瑠こそ、僕の方まで心配していたら役割分担の意味がないじゃないか」
「それはそうだけど」
ユーリの言葉は嬉しいが、その配慮に甘えすぎて必要以上の仕事を押し付けているのでは?と勝瑠は毎回不安になってしまう。
だが実際、ユーリの存在はかなり助かっていた。去年の一年間はマネージャーが勝瑠ひとりだったのでそれはもう激務であり、監督が少しでも負担軽減をと旧型ロボットの購入を決めてくれなければ、どうなっていたか分からない。勝瑠たちのチームの監督が、あまり慣例に頓着しない人なのが幸いしていた。
現在の勝瑠たちは目下、秋に開催される県大会を目指して練習中だ。新チーム初の公式戦となる予定で、その成績は半年後のいわゆる春センバツにも影響してくる。一見軽めのノリとは裏腹に、一同のモチベーションは限りなく高かった。
「勝瑠はさ、とっても気配りが出来て優しいけど時々心配し過ぎだよね。まあそこが、きっと君の魅力でもあるんだけど」
「いきなり何言ってるんだ」
「大丈夫だよ。ロボットの僕が嘘ついたり、演技するのが苦手だって知ってるだろ?」
「その割には性質悪い冗談ばっかり言うよな」
「じゃあね。行ってきます、勝瑠ママ!」
「行ってらっしゃ……おーい!?」
遅れてやってきた勝瑠の動揺に、笑いながら行ってしまうユーリ。
どうも最近、部員たちの変なノリが伝染している様に見え、勝瑠は冷や汗をかいた。
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