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恋っていうのは、優しさや幸せがいっぱいつまっていて、キラキラ輝いているもの。
少女漫画に憧れていた、ちいさな私はそう信じていた。大人になったら、キラキラした恋ができるんだって、まるで積み木を重ねるように、期待をどんどん募らせていた。
だから、大学生の従弟の部屋で、缶ビールをいくつも空けて、恋だと盲信した過ちを、記憶から消し去ろうとしている私は、思い描いていた大人と全然違う。
「……少女漫画に憧れてたのは、もう何回も聞いたよ」
四つ年下の謙人くんは、呆れたようにため息をついた。
「酒強いっつっても、いい加減飲み過ぎ」
謙人くんが、私の手から缶を取り上げた。「あ、」と情けない声を上げて、取り返そうと手を伸ばすが、缶は遥か頭上を運ばれて、台所まで連れていかれた。立ち上がって、取りに行くほどの気力は残っていない。固形物をろくに取らず、ひたすらにビールだけを飲み続けたせいか、心臓の下あたりが重くて、頭が痛い。ローテーブルの上に乱雑に散らかった缶を見ると、自分が本当に情けなく思えた。
「ごめん、……帰るね」
空いている缶を拾い上げ、台所へと運ぼうとした。けれど、手を滑らせた。缶は、けたたましい音をあげて床に散乱した。「あーあ」と深いため息をつきながら、謙人くんの手が、私よりも先に缶を回収する。情けなくてみじめで、「ごめん」とうつむきながら、目に涙がにじんだ。
「とりあえず、水」
渡されたグラスを素直に受け取り、一気に飲み干した。喉を滑り落ちる鋭い冷たさに、雨に打たれたあの日の映像が、まぶたの裏に閃く。タバコのにおい。「それでも、唯子が好きだったんだ」という苦しげな声。私を包み込んだ温もり。――すべてが甘くてせつなくて、苦しさはおろか罪さえも、純粋でひたむきな恋の一部なのかもしれないと、私は錯覚してしまった。
手が震えた。身体の力が抜けた。私の手から滑り落ちたグラスが、床にぶつかる。「唯子ちゃん」と私を呼ぶ声と、グラスが割れる音が重なった。
「俺で、……全部忘れてよ」
崩れ落ちる私の身体を受け止めた腕からは、タバコのにおいがしなかった。
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