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「はぁ……」
いつの間にか中身が消えてしまった缶を右手に持ち、少しフラつく足取りで立ち上がる。
今日は残業がひどかったので、帰ってきてからまともなご飯は食べていない。
一昨日コンビニで買ったお惣菜二つと、いつものように辛口ビールが晩餐だ。
疲れた身体と、空きっ腹に飲んでしまったせいか、どうやら酔いが回っているようだ。
そんなことを思いながらも、キッチンにあるゴミ箱に空っぽになった缶を捨てると、無意識に冷蔵庫を開けて、手前に置かれている500mℓの缶に手が伸びる。
「おっといけない」と一人呟くと、伸ばした右手にストップをかける。
明日は朝から大事な商談が入っているので、さすがに二日酔いで出社するわけにはいかない。
アルコール依存症になることはないと信じているが、こういう行動を自分でも見てしまうと、それも何だかグレーゾーンに感じてしまう。
缶ビールには別れを告げて、寂しくなった右手には代わりにウコンがたっぷり含まれた栄養ドリンク。
一人用の冷蔵庫は、この二つのためにあるようなものだろう。
そんなことを一瞬思って、自嘲じみた苦笑いを浮かべる。
ビールさながらの飲みっぷりで、二日酔い対策のウコンを飲み切ると、今度は少しでも早く酔いを覚まそうとベランダへと向かう。
季節は十月中旬。暑くもなく、寒くもないこの時期が、一番好きだ。
締め切っていたライトベージュのカーテンを開けると、寝静まった街が一望できる。わりと最近建てられたばかりの賃貸マンションの十二階。
こんな歳でこんな生活ができるのも、独り身の特権だ。
「ざまあみろ」と酔ったついでに、見えない友人たちに強がりを言って、窓の鍵を開ける。
ガラッと薄いガラスをスライドさせれば、秋の匂いをたっぷりと含んだ夜風が、熱を持った頬を冷ます。
そのままスリッパを履いて外に出ると、遠くの方には東京タワーと、今では日本一の高さを誇るツリーが光って見える。
この家に住むことを決めたのは、仕事場に近いからという理由もあるが、この景色に一目惚れしたのが一番の理由。
嫌なことも、一日の疲れも、ぼんやりとここからの風景を見ていると、なんだかどうでも良くなってくる。
もちろん、アルコールの影響もあるのだけれど……
そんなことを思いながら、ふうと息を吐き出して手すりに両腕を乗せた時、先ほど聞いたガラッという音が再び聞こえた。
そしていつもの、あの声が聞こえる。
「今日はまた随分と遅い時間まで起きてるんですね」
右側から聞こえた声に、ふっと顔を向けると、そこには眼鏡をかけた長身の男性の姿。私の隣、一二〇八号室に住んでいる長谷川さんだ。
「どうもこんばんは」と少し呂律が空回りした口調で挨拶すると、彼は猫みたいな表情でクスクスと笑う。
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