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「須藤さん、また今日も飲んできたんですか?」
「失礼ですね。今日は家で一人飲みですー」
べーっと舌を突き出さんばかりの勢いで、私は唇を尖らせて言った。
ご近所の長谷川さんは、私が引っ越してからすぐにやってきた。
最初は廊下で会った時に挨拶をする程度の仲だったが、こうやって夜中ベランダに出て顔を合わすようになってから、よく話しをするようになったのだ。
互いに独り身で自由な時間を謳歌できるせいか、わりと遅い時間でも、こうやって出くわすことはよくある。
「長谷川さんこそ、今日は随分と遅い時間まで起きてるじゃないですか。珍しいですね」
酔っているせいか、私はつい強い口調でお隣さんに言った。それでも相手は気にする様子もなく、笑顔のまま答える。
「今日は珍しく仕事の打ち合わせが遅くなってしまいましてね。さっき帰ってきたばかりなんです」
「そうなんですね。お疲れ様です」
そう言って私は労いの言葉をかけると、再び視線を目の前へと戻す。
どこかで酔っ払いが悪さでもしたのか、遠くの方ではパトカーの音が鳴っていた。
「須藤さんはもう晩御飯を食べられたんですか?」
その言葉に、ピクリと耳が動く。
独り身とはいえ、一応は女性。料理洗濯はしっかりとやっている、という設定で長谷川さんには話している。
「ええ、まあ……とっくの昔に」
何を食べたんですか? と聞かれたらどうしようという不安が一瞬心に浮かぶも、長谷川さんはそんなプライベートに踏み込んでくるわけもなく、「そうですか」と少し残念そうな口調で答えた。
「もしまだ食べていなかったら、実家から送られてきたお肉があったので、ご一緒にどうかなと思ったんですが」
「……」
さすがにこの時間にお肉はヤバいだろ、と心の中で思いつつ、こうやって親しくしてくれる長谷川さんの優しさに、アルコールで弱った心が少し揺れる。
が、そんな感情は、ふと再来月の結婚式のことを思い出してしまい、心の押入れの中へと押し込められる。
そのついでに、新しく胸の中に顔を出した感情そのままに口を開いた。
「長谷川さんは、これからもずっと独身で過ごすつもりなの?」
ヤケクソな心にアルコールを浴びせたせいか、私はつい口にしてしまった言葉に、「あっ」と後悔する。
それでも、同じようにベランダから顔を出している相手は、その優しい笑みを崩さない。
「さぁ、どうなんでしょう……」
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