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大好物は思い出の味
「あの時ね、ストローでチュウチューって吸う湊音が可愛くってさ。もう一発で決めたの。この人だって。
……はい、いつもの。」
「ありがとう。」
湊音は李仁が作ってくれたノンアルコールの飲み物をストローで吸いながら、出会った頃のことを思い出していた。
出会ったときに飲んだ、オレンジジュースにジンジャーエールを混ぜた、あの時の味。
だがあれから何度か再現しようと李仁は試行錯誤したのだが、湊音は首を縦に振らなかった。あの味にならない。
バーテンを長く勤めている李仁だが、あの当時置いてあったジンジャーエールと同じものでオレンジジュースを割っても再現できなかった。なぜならオレンジジュースがどこのものか分からなかったから。
そして半年かけてようやく再現できたのである。その時には湊音と手を叩いて喜び合った。
お酒の苦手な湊音は、李仁のバーに行くときは必ずこれを飲む。ストロー付きで。
「ヤッパリ可愛い❤️ミナ君。」
「やめろよ、そうジロジロ見ると飲みづらい」
「本当はね、あの時……口移しで飲みたかったけどね。流石に他の人もいたからやめたの。」
初対面からそういうことをできる男である、李仁という男は。
「今、誰もいないよ?お客さん。」
湊音はニヤッと笑う。彼から誘うのは珍しい。
「やだぁ、今私は仕事中よ。」
「冗談だっ……」
湊音の言いかけた言葉に被さるように李仁はカウンター越しにキスをした。
「冗談だって言ったじゃん……」
と言いながらも湊音は顔を赤らめる。
「僕は、あの時……李仁の飲みっぷりに惚れたんだよ。」
「あら、相思相愛だったのね、私たち。」
「だね。」
カランコロン
お客が入ってきた。李仁と湊音は見つめあって笑った。
「危ない危ない……」
「ギリギリセーフね。これバレたらいろいろやばいんだから
……いらっしゃい」
湊音は李仁の接客する姿を横目に思い出の味をチューチューと吸いながら眺める。
「李仁の横顔、素敵だな。」
高校教師として忙しい毎日、ストレスだらけだがこの時ばかりはとても幸せである。そしてそれ以上に2人きりの時間ももっと至福の時間である。
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