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柚里
葉月の旅立ちの、見送りには行かなかった。
行かなかった・・ではなく、「行けなかった」のだ。
また、あの香りを手放す辛さに打ちのめされていた私は、柚里からの、誘いのメールを断らなかった。
教えて貰った住所のマンションは、すぐにわかった。
車から降りて、建物を見上げながら、仲睦まじかった頃の二人が、ここをどのくらいの数、通りすぎのだろうか。
葉月を愛していながら、私に心変わりした柚里。
柚里を愛しながら、海外へと旅だった葉月。
その通過地点に、真世を愛し、葉月を愛した私が立つ。
「時間」というものは、どうしてこうも残酷なのか。
「一番良い時間」で、時を止められたら・・・・・・・
きっと私は、ここに立つ事は無かった。
そうでしょ?真世。
ショルダーバッグを、右肩から左肩に掛け替えて、インターホンを鳴らす。
すぐに、ドアを開き、同時に、あの香りが肺に流れ込んでくる。
Tシャツとチノパンというカジュアルな服装の柚里は、満面の笑みを浮かべて
「いらっしゃい。どうぞ」
と、私を誘った。
その香りに、引き込まれるように、私は、つい先日まで二人が暮らしていた部屋に足を踏み入れた。
シンプルなインテリアの、二人暮らしの2DKの部屋は、一人分の荷物が抜けた感が漂っていたにも関わらず、あの、私が最初に恋した香りだけは濃厚に残っている。
葉月は、もう居ないとわかっていても、心が昂ぶる。
「何か飲む?」
少し、緊張した面持ちで、柚里が尋ねた。
「自分の分は、持ってきたから大丈夫。こちらを、どうぞ。」
私は、自分用のミネラルウォーターのボトルを見せた後、手土産のチョコレートの詰め合わせを手渡した。
「気を遣わなくてもいいのに。ありがとう。座って、あ、何か、音楽をかけようか?」
柚里は、心なしか、少し緊張しているのがわかる。
私は、小さなコンポと、本棚に並んでるCDに目をやると、
「ごめんなさい。私、CDの音は苦手なの」
「じゃ、何か演奏しようか?」
「それより、ここへきて・・・・」
私は、赤い革張りの二人掛けのソファーに座ると、自分の席の隣を、ぽんぽんと叩いた。
ここは、柚里と、葉月、どちらの指定席だったのだろうか・・・・
さっきから、私のまわりにまとわりつく葉月の残り香の中に混じり込む、もやもやとしたもの。
葉月と柚里を見る度に、抱き続けた、どうしようもない感情。
二人に出合うまで・・・・ううん、二人が恋人同士だと知ってから、私は生まれて初めて、「嫉妬」という
感情を覚えた。
それまで、私は誰かと競う事が無かったから、誰かにこんな気持ちを抱く事など無かったのだ。
人を、憎んだ事はあっても、羨んだ事がなかったからだ。
葉月が愛した柚里が、私の隣に座り、嬉しそうに私を見つめる。
葉月は、どうやって貴女を愛したの?
その言葉を、口にする事は出来ない。
葉月への愛を口にすれば、柚里の体に残る、葉月の「残り香」を確かめる事は出来なくなるのだから・・・・・・・・
葉月の「残り香」を切望している私の表情を、自分への愛と錯覚する柚里を、「可愛そう」とは思わない。
そんな私の一面を知っているのは、皮肉な事に、佐村だけだ。
私を「汚した」あと、佐村はひどく不機嫌な顔をして、無言で香水瓶を渡す。
一度だけ、私に言ったことがある。
「茉莉花・・・お前と似た男を知っている。マクベスという男だ。真世は、哀れなオフェーリアだ」
私は、冷静に言い返した。
「マクベスに、オフェーリアは出てこない」
真世と葉月の亡霊が、私に囁くのだ。
だから、私は、柚里の手を取り、そっとその指を自分の口に含んだ。
柚里が、声にならないため息をもらす。
柚里の指に舌を絡めながら、視線も絡める。
柚里のスイッチが入るのが、指からも伝わる・・・・・同じヴァイオリン弾きの指。
押し倒され、キスを交わす。
(そう・・・・・・・・いつも、最初にキスをしていたのね)
柚里は、ほんの少し、私の唇の間に舌を入れただけで、キスをやめた。
キスはやめたけれど、手が動き始める。
目は私を見つめたまま。
その目はうるみ、欲望の炎がちらついているのがわかる。
私は、わざと、その視線を外し、少し恥じらいを見せながら、柚里の手を押さえる。
「・・・ダメよ・・」
「我慢出来ないよ!」
柚里が、そう訴えながら、私をソファーに押し倒す。
「・・・・乱暴な事はしないよ。だから、怖がらないで」
そういいながらも、柚里の呼吸は、獣のように荒い。
「なんだか・・・柚里が、怖いわ・・」
「大丈夫、優しくするよ・・・出来るだけ。だから・・・」
「ほんとう?優しく出来るの?」
私は、さっきまでの恥じらいの表情から、少し、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
こういう駆け引きは、一夜限りの相手「達」から覚えた。
真世に会えなくなってから、私は、寂しくなると、レズビアンのサイトで相手を探すようになっていた。
気に入る相手に巡り会える確率は、かなり低いけれど、それでも「一夜限り」が私のルールだった。
だけど、柚里は、別。
柚里に残る、葉月の「残り香」がある限り、離さない・・・・・
柚里が、立ち上がり、モスグリーンのカーテンを音を立てて閉めた。
そして、Tシャツを脱ぎ捨て、再び私の上に体を重ねる。
私は目を閉じ、その香りを「感じる」。
柚里に抱かれながら、葉月に抱かれている・・・という空想は、私をひときわ興奮させた。
柚里は、中々、全裸になってくれなかったけれど、結局、全部脱がせてしまった。
熱い肌の感触。
時折上げる、甘い声。
私も、柚里も、セクシャリティは「リバ」。
「攻め」も「受け」も両方出来る。
今回は、柚里に、先を譲った形になった。
舌先で胸の先を転がすように舐められながら、ほころびかけた下の蕾の中を、指先で撫でられると、快感が背筋を駆け上る。
「あ・・・・・ん・・気持ちいい・・・」
「すごく、濡れてきたよ、茉莉花」
「ええ、わかるわ・・・・・・あっ、そこ・・・そこ!」
花びらをめくり上げられて芽吹いた部分を指の腹でなで上げられて、私の背中は弓なりになる。
「すごいよ、雫が垂れてきそうなぐらい、濡れてる・・」
「だって・・・・・・・・だって・・・あうぅ!」
一番敏感な部分を立て続けに責め立てられて、私は、軽くイッてしまった。
「まだ・・まだだよ、茉莉花」
ぐぅうっと、柚里の指が奥まで入っていく。
それを、締め上げながら、無意識に腰を振る。
一度燃え上がった体は、すぐにその温度を取り戻す。
感じ方も、最初よりも深い。
「すご・・・・こんなに淫らな体をしてるって、全然気付かなかったよ・・だって、茉莉花は、いつも上品で・・」
「だって、すごく・・・いいの・・・」
私の言葉に、煽られたように、柚里の手の動きが速くなる。
部屋の中の香りが、一段と濃く、私にまとわりつく香りに、せり上がってくる快感を増幅させていく。
ここで、こんな風に二人は愛し合った事があるのかしら?
そんな事を想像するだけで、どうにかなりそうな私は、異常体質なのかもしれない。
真世と会えなくなって、「一夜限りのお相手」で性欲を発散させてきたけれど、その時とは格段に快感が深い。
この部屋に残る、葉月の「残り香」が、私の欲情を否応なしにかき立てる。
猛烈に、今、ヴァイオリンを弾きたい・・・そんな気持ちになる。
香りも、ヴァイオリンも、欲望も、全てが私の中では一列なのだ。
脳にダイレクトに伝わる快感が、シナプスを通じて全身へと広がる感覚に溺れそうになりながら、柚里の首に手をまわし、
「あああ!!もっと、もっと・・・・・・・」
はぁはぁと、呼吸を乱しながら、柚里の愛撫をねだる。
こうやって、葉月「を」攻められたの?
こうやって、葉月「は」攻められたの?
その答えは、柚里の体に聞くしか無い。
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