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紫の宴
セレブ限定の「乱交パーティー」の話は、時々週刊誌を賑わすし、そういう小説には、よく使われる設定だ。
そんなありきたりのパーティーが、「あの」桔梗様の好みであるはずが無い。
でも、何かしら秘密めいたものを感じて、好奇心と期待で胸がトクトクと鳴っているのが自分でもわかる。
さあ・・・・・・・・・・・
かぐわしい香りを纏った桔梗様が、私の手を取り言った。
「ソワレで来てちょうだい。そして、何か『紫色』のものを身につけて。あとは、香水は厳禁。香りの強いシャンプーやバスソープも使わないで。」
そう、桔梗様に言われたので、私は黒のディオールのソワレを身に纏った。
ふんわりと柔らかい生地が、体にまとわりつく。
首には、黒のベルベットに、アメジストをあしらったチョーカーを巻いた。
その姿だけでは外を歩けないので、黒のトレンチコートでソワレを隠し、桔梗様のお店までは、タクシーで。
店の前には、黒塗りのがっちりとしたワゴン車が停まっていた。
車に興味の無い私は、なんという名前の車かはわからなかったけれど、とても大きい、高さのある車だった。
窓には、スモークが貼られている。
車の側に立っていたサングラスのいかつい体型の男性に、桔梗様から頂いたカードを見せると、車のドアを開けてくれた。
中にいた、私と同じくらいの年齢の3人の女性が、にこやかに私を差し招いた。
香水などの香りのものは、つけないで・・・・・・・と言われてきたのだけれど、車の中は、微かに、甘やかな女性らしい匂いがした。
車で案内されたのは、郊外にある、それほど階層の高くないマンションの外壁の前だった。
大きな扉が、重々しく内側から開けられ、車はゆっくりと中へと進んでいく。
車が停まり、ドアが開くと、白いギリシャ神話に出てきそうな薄衣の衣装を身に纏った若い女性が、数人立っていた。
にこやかな微笑みを浮かべながら、車に乗っていたメンバーの手を取り、中へと導いていく。
白い大理石のエントランスは吹き抜けになっていて、通路となる赤い絨毯の上を歩いて進む。
一番奥のエレベーターの前で、一行が停まると、ちん と、軽い音を立てて重厚な作りに似合わない軽やかさで扉が開いた。
中に居た、やはりギリシャ神話に出てきそうな白い透けるような衣装を纏い、額に、金色の細工を施した額飾りをつけた女性が、にこやかに中へと手招いた。
金の額飾りにはめ込まれている石は、同じではない。
きっと、何か「特別な」意味があるに違いない。
到着したエレベーターの扉の向こうには、一段と重々しい、黒光りしている扉があり、それが、待っていたかのようなタイミングで、ゆっくりと女性二人が左右に押し開いた。
ああ・・・・・・・・・・この香り・・・・・・・
今まで嗅いだことのない、エレガントで、それでいてミステリアスな香り。
軽やかでいて、それが体を通り抜けるのではなく、少しづつ私の中に流れ込んでくるような印象。
そして、奥から聞こえる音楽。
ハープとリュート、そしてヴァイオリン。
「靴のまま、お進み下さい」
案内されたフロアは、60平米はありそうだった。
一面に、紫色の絨毯が敷き詰められ、カーテンも薄いグラデーションの紫。
壁は黒塗りで、天井のシャンデリアを、柔らかく反射させている。
フロアの中心に、様々な動物のレプリカが脚となった、大きなガラスのテーブルが置かれ、料理や飲み物が並べられている。
そのテーブルを囲むように、紫色の手触りの良い素材で出来たソファーが並べられていて、同じようなギリシャ風の薄衣を纏って金の額飾りをつけた女性達が、くつろいでいた。
どの女性も、若く、みなそれぞれに美しい姿形をしている事に、驚いた。
一番奥の、ひときわ大きな椅子に座っていた桔梗様が、立ち上がって、私たちの方に歩み寄ってきた。
桔梗様の艶やかな長い黒髪は、シャンデリアの光に美しい輪を浮き上がらせ、体のラインにぴったりとした黒い上質な素材のドレスは、一段と重々しい雰囲気を醸し出していた。
「よく来てくれたわね・・・・嬉しいわ。」
「・・・私のような、平凡な人間がこんなに素敵な場所に入り込んで、良かったのでしょうか」
周囲を見渡し、改めて、自分の容姿や服装にためらいを覚えずにいられなかった。
それほどに、その場所は、独特の優雅さと華麗さを漂わせていたのだ。
「貴女の席は、私の隣よ、茉莉花。ここにいるのは、みんな、私が愛している恋人達なの。さあ、貴女も、着替えていらっしゃい」
左手に並んでいる、重々しい扉の一つに、二人の女性に手を取られて連れて行かれた。
着替える?
いったい、これは、どんな集まりなの?
何のパーティー?
質問しようとした私の唇を、一人の女性が、人差し指でそっと押さえて、にっこりと微笑んだ。
二人の女性は、丁寧な手つきで私の服を脱がせ、下着をも取り去ってしまった。
恥ずかしさにうつむいていた視線を、一人の女性に向けると、綺麗な唇のラインが、にっこりとした笑みを描くのが見えた。
二人の女性が身につけているのと同じ、ギリシャ風のうすぎぬのドレスが私の裸体を覆い、額飾りをつけられた。
私の、額飾りには、大きな、紫色のアメジストがはめ込まれていた。
すぅっと見渡しただけだけれど、赤色と青色、緑色の石がはめ込まれた額飾りの人は居たけれど、紫色の人は・・・・・・・・居たかしら?
身支度を終えて、再び、二人の女性にエスコートされて、私は桔梗様の隣のソファーに、そっと体を沈めた。
「美しいわ、茉莉花。可愛い人・・・・・・・」
桔梗様は、そう言いながら私の肩に手をまわし、白くて細長いしなやかな指先で、私の顎を少しだけ上に向けさせた。
あ・・・・・・と、小さく声が出そうになった。
その指先から、何か微弱の電流が流れているかのように、私の体が痺れたような感覚に捕らわれしまったのだ。
ほんの少し・・・触れられただけなのに・・・・・・・
「ここは、私の愛する女性が集まる場所なのよ。ここでみんな、ゆったりとした時間を楽しむの。額飾りの赤は、いわゆるネコ。青は、タチ。緑は、リバーシブル。黄色は、ノーセクシャル。」
私は、自分の額飾りに、手を触れた。
「貴女の紫は、特別。一人だけしかつけることを、許されない額飾りなの。それはね、ここで私の相手をする役目・・・という事。嫌?」
「そんな・・光栄です。でも、どうして、私を?」
自分から身を投げ出したのか、それとも抱き寄せられたのか、その両方なのか。
私は、桔梗様の腕の中に居た。
桔梗様の胸から立ち上る香りの高貴さに、めまいがしそうだった。
桔梗様の手が、私の腕や肩や頬に触れる度、私の体に弱い電流のようなものが走る。
なぜ?
桔梗様に、頬ずりをされただけで、私は、気が遠くなってしまいそうなくらい、胸を高鳴らせていた。
桔梗様の腕の中から周囲を見ると、人々は、二人組や数人の集まりに別れ、小声で話をしたり、シャンデリアに煌めくグラスで金色の液体を飲んだり、食事をしたりしている。
「ここで・・・・・・・ゆっくりと時間を楽しんだら、いつでも、お相手と帰って良いのよ。帰って、愛し合うの、何時間も・・・・・・・」
そうささやく声に、一段と、胸が妖しくときめく。
そんな時、耳障りの良い音楽が、流れ込んできた。
私が好きな曲が流れてきた事で、ぼぉっとしていた頭が、少しはっきりとした。
かなりの腕前のヴァイオリンやハープだけれど、ミスタッチや音の広がりの不満が、あれほど高鳴っていた私の心をクールダウンさせる。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、桔梗様が私の手を取ったので、はっと我にかえった。
「音が、気になる?とっておきの名手を集めたのだけれど・・・・・・・貴女には、到底及ばないでしょうね、茉莉花。」
私は、曖昧な微笑を浮かべるしか無い。
「私には、今演奏されている音でも満足よ。でもね、もっと素晴らしい音色を奏でられる人が居ると聞いてから、その演奏を聞きたくてたまらないの。」
「そんなに、素敵な音色を奏でる方がいらっしゃるのですか?」
そんなに、卓越した音を出せる人が居るなんて・・・
今まで佐村に連れられて行ったコンサートの主立った出演者を、思い出してみるが、名前まで思い出せる人が居ない。
「まだ、そういう『噂』を聞いただけで、その音色を聞いたことは無いのよ。」
桔梗様が、軽く手を上げて、指を鳴らす仕草をすると、金色のトレイにグラスを二つ乗せたものを、雪華ちゃんが運んできた。
いつもとかわらない、黒づくめの服装に、きつく締め上げたコルセット姿。
そして、瞳の方向は桔梗様しか見ていない。
「さあ、乾杯しましょう」
グラスを渡され、その液体を口に含む。
最上級のシャンパンの泡と香りが、私の口の中から喉へと駆け抜けていく快感に酔いしれる。
薄衣を纏った女性が、優雅な足運びで歩み寄ると、跪いて「何か、お召し上がりになりますか?」と、尋ねた。
ガラステーブルの上の料理は、さぞかし美味しいものだろうと想像出来るけれど、桔梗様の隣で「食べる」という行為をすることがためらわれて、丁重にお断りをした。
かわりに、とても美味しいチョコレートと、甘く熟したフルーツを持った、別の女性が、跪いて、笑顔でサイドテーブルの上に置いていった。
このくらいなら、口に出来るかも・・・
「シャンパンも、もう少し如何?」
桔梗様は、優しげな笑みを浮かべながら、残り少なくなった私のシャンパングラスを、軽く上げた。
すぐに、ちょうど飲みやすい量のシャンパンが入った、グラスが運ばれてきた。
チョコレートを口に含み、シャンパンと飲み下す。
そんな私の仕草を、妖艶な微笑みを浮かべながら見つめる桔梗様。
その視線が、まとわりついてくるようで、ますます私の緊張感が高まってしまう。
そして、私は察していた。
桔梗様は、私に何か言いたい事がおありなのだと。
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