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「地ノ果テ」 その三
「……」
心が揺れなかったといえば、ウソになる。もしかすると、彼らは本当に、私の子供だったのかもしれない。
…しかし、彼らは人形だ。人形が、『私の子供』というのは奇妙な話である。私が造ったのならともかく、誰が造ったとも知れない人形が、『私の子供』になるわけがない。彼らが人形である以上、誰かに造られたのだ。彼らは、その持ち主のために行動している。
だが、その持ち主とは誰だ?
彼らの言うことが本当なら、私の妻が造ったのだということになる。
…それこそ、ありえない話だ。妻はもう居ない。
だが、悪魔の仕業とも思えない。それなら、ここにやって来る亡者たちの仕業だろうか? いや…どちらとも思えない。なぜなら、どちらの罠だとしても、その場合は必ず何かを押しつけてくるものだ。何かをあげる、その代わりに…といった、何らかの取引を持ちかける。どれほど優しく甘い言葉を使おうと、そこに取引関係があるのなら、罠である。
だが、あのふたりは違った。だからこそ、テントに招いて、話を聞いたのだが…。
いきなりやって来て、何かを求めるわけでも、与えるわけでもなく、言いたいことだけ言って、勝手に消えられると、奇妙なことだが、もう少しだけ話を聞いてみても良かったかもしれないという、後ろ髪引かれる思いにさせられる。
あるいは、そんな突飛な行動が、どこか妻に似ていたためかもしれない…。
「じゃあ、信じて頂けますのね?」
振り返れば、足元に小さなふたつの影。
「…いーのかよ、こんなテキトーなヤツ」
「問題ありませんわ。お父様が信じないと決めたその瞬間に、今のように居なくなればいいだけの話ですもの」
「…オヤジ以上に、お前もテキトーだよな」
「あら。わたくしはいつだって、本気ですわよ。本気で、お父様がわたくしたちを信じないなら、今度こそそれでお終い。ママだって、わたくしたちの努力を認めて、納得して頂けますわ」
「それもそーだな。で、テメェはどーするんだ、オヤジ」
「…私に子供は居ない。最初から、どこにも居ない」
それでも、ふたりは私から目を逸らさなかった。
だから、私も彼らと視線を合わせた。
「…だけど、君たちがお母さんを大切にしていることだけは分かった。それだけは、確かだ。だから、君たちは悪魔でも、亡者でもない」
私はふたつの手を取った。もうずっと感じたことのない、体温のようなものをかすかに感じる、小さな手だった。
「…妻は、元気なのか?」
「元気とか、元気じゃないとか、そーゆー人間的な不安定、あるわけねーだろ?」
「…それもそうだな」
「ですが、今のお父様よりは、ずっと元気だと思います」
「そうか…」
「…会いたいなら、会わせてやる。もちろん、テメェが本気でそう望むならな」
「望んでいないわけがない。だが…」
「お父様。罪を犯さない人間はいません。ましてや、ヒトにヒトは裁けません。ママも、他の人間も全て、等しく罪人なのです。大切なのは、悔い改めることです」
「テメェが殺した人間が、どれだけのヒトの人生を左右しようが、同じだってことだ。テメェを騙った愉快犯も、権力争いに巻きこまれた連中も、全部同じ。テメェは正義の味方気取りの殺人鬼で、殺された連中も法律に保護された殺人鬼。同じだよ。指をくわえて見ていた連中も、何もしなかった連中も、ただ巻き込まれて流されて生きていた連中も、必ず何かを、誰かを犠牲にしている。知らず知らずに殺している。見殺しにしている。だからといって、居直って、当たり前だと思って、何にも考えなくなったら、ただの獣と同じ。それじゃあ、殺されても文句は言えない。誰かが死んで、犠牲になるのが当たり前で、情けも何もねーなら、同じようにそーなるだけだ」
「ですから、お父様がママに会いたいなら、まずはそうなることを信じてもらわなければ、話になりません。あくまで、ママの愛を信じないなら、わたくしたちもそのようにするしかないのです。だって、望んでもいないことを押しつけたところで、それは愛ではありませんから」
「まー、オレはテメェが信じなくても結構だけどな」
「もぉ、セイったら…。ママに言いつけますわよ?」
「ケッ、なんでもかんでも言いつけたところで、こいつがオレたちの話を信じてねぇことには変わりねーんだぜ?」
「あら。ママが大好きなセイは、お父様に嫉妬するあまり、お父様をママに会わせないようにしていた、と言ってもいいのですか?」
「お、お前…オレは、そんなつもりは…」
「そうですわね。セイはママが大好きですもんね。ママに喜んでほしいですものね。お父様を連れて行ったら、ほめてもらえるというのに、自分が相手にされなくなるんじゃないかと、ビビッて対抗意識を燃やしているなんて…そんなハズありませんわよね?」
「…ビ…ビビッてなんか、いねぇよ…。オレは、ただ…」
「そうね。こんな基本的なことを忘れていたなんて、ママが知ったら、きっとガッカリしますわ。ママが大好きなセイには、きっと耐えられない仕打ちを受けるところだったけど、そうならなくて、本当に良かったですわ」
「……」
アリスの笑顔に圧倒されて、セイは返す言葉が見つからず、恥ずかしそうに沈黙する。
身長や体格は、セイのほうが一回り大きく造られているものの、主導権はアリスが握っているようだ。
単純な外見年齢だけならば、兄と思われるセイは十歳前後の少年。妹と思われるアリスは六歳前後の少女。だが、その外見と内面が一致しているわけではない。しかも、それを隠しているわけでもない。とはいえ、子供特有の雰囲気が全くないわけではない。
ふざけているようで、真剣。
真面目なようでいて、遊んでいる。
…製作者に、似ているのかもしれない。
「…オイ。テメェ今、ちょっと笑っただろ?」
「そうなのか? だが、君を笑ったつもりはない」
「ウソつけ。息子を笑うなんて、失礼なオヤジだぜ」
「ほらほら。そんな風にムキになってかみついたら、ママにも笑われますわよ?」
「…くっ…」
「ごめんなさいね、お父様。セイはとっても真面目なのです。だから、あまりイジメたりしないで下さいね。すぐ本気にして、すねてしまいますから」
「誰が、誰にイジメられるって? こんなヤツ、母様の言いつけがなかったら、一秒で粉砕してやるってのによ」
「一秒は、さすがに大げさですわ。最低でも、五秒はかかるハズですわよ」
…おそらく、どちらも嘘はついていないのだろう。
ヒトが、ヒトを壊すのに、大きな力は必ずしも必要ではない。鉄よりも冷たい、迷いのない、決意で全ては決まる。偶然や、武器の威力に頼らない場合は、特にそうだ。
いくら私の身体が悪魔によって作り変えられたものだとしても、例外ではない。
実際、私は何度も彼らを見失っている。彼らの言葉に嘘がなければ、私よりも先に彼らが私を見つけている以上、いつでも私を破壊できたということだ。そして今、こうして直面しているのも、彼らがそう望んでいるだけであって、その気になれば、いつでも私の前から姿を消すことができるのだろう。対面して、五秒。知覚できなければ、一秒。どちらの言葉にも、嘘はない。
もっとも、彼らの望みは私の破壊ではないし、私も破壊されることに恐怖はない。
だから、私たちの会話に、駆け引きなど初めから存在していない。
信じるか、信じないか。
それだけである。
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