「地ノ果テ」 その一

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「地ノ果テ」 その一

   前略。アツキへ。  私との約束を、覚えていますか?  ふたりは、私とあなたの子供です。  ふたりを、よろしくお願いします。 「……」  悪鬼(アッキ)。  たしかに、私は以前、そう呼ばれていた。  多くの人間を殺したからだ。  無差別に、国家の代表や、その関係者を狙った。  全て単独犯。証拠は残さず、痕跡もない。  理由は簡単。動機も関係性もないからだ。  どんな犯罪にも、何らかの関係性が存在する。ましてや、権力者となれば、カネや利害関係など、あらゆる人脈に疑いがかかる。  私は、完全にその外側にいた。  誰ともつながらず、誰とも組せず、どんな組織にも属さず、無関係をつらぬいた。  ただひたすら、権力者のみに的をしぼった、無機的な殺人。その他には、何のこだわりも、執着もない、混沌とした殺人。  やがて、狙われた者の関係者たちは、疑心暗鬼に陥り、抗争と闘争が繰りかえされ、正体の見えない私は悪魔、あるいは悪鬼と呼ばれた。  当然、本物の悪魔にも目をつけられ、誘いを受けたのだが。  奴さえも拒絶した結果、私はバラバラにされて、地の果てに投げ捨てられた。  殺されずに済んだのは、悪魔にとっては人間同士の争いが、己の望みであったからだろう。争いと、不安が続くほど、ヒトは神よりも悪魔にすがりつく。他人より豊かに、他人を殺すため、悪魔がもたらす富と兵器を得るために、悪魔に身をかがめる。  しかし、私を生かしたまま野放しにするのは都合が悪いらしい。せっかくの悪魔と人間の契約も、私は壊してしまうからだ。とはいえ、何も持たない私を殺しても、何の意味もない。ゆえに、悪魔は私を生きたまま、バラバラにして、地の果ての囚人にした。  要するに、今の私はゴミ捨て場の、ただの清掃員である。  あらゆるものが捨てられる地の果て。  ここに投げ捨てられてから、どれだけの月日が過ぎたのか、私には分からない。  地上の様子も、悪魔の考えも、遠い昔の話だ。  ましてや私に子供など居ないし、仮に居たとしても生きているはずがない。そもそも、ここは子供がやって来るような場所ではない。  ずいぶん昔にもやられたことだが、これも新手の悪魔の…。 「ざっけんな、誰が悪魔の手下だって?」 「そうですわ。それはあんまりですわ、お父様」  作業用のテントが、ふたりの声と、外の暴風で傾いた。  とりあえず、私はテントの調子を確認する。そして、改めて二人を見下ろす。  セイと、アリス。  どこからどう見ても、人間の子供にしか見えないものの…確かに、二人は人形だった。艶のある髪も、淡く白い肌も、明るい瞳も、すべて私と同じ作り物。いや、それ以上に精密に、精巧に造られた、ほとんど人間と変わらない、人形である。 「…すまないが、私に子供は居ない」 「ケッ! こっちだって、あんたがホントにオヤジなのかどうか、疑わしいぜ」 「そんなことはありませんわ。お父様は、お父様に間違いありません」 「けどよぉ…」 「時を止められた美貌、巨万の富というこのガラクタに囲まれ、金銀財宝を狙ってやって来る亡者たちを、絶望のどん底に叩き潰す、地の果てに住まう悪鬼。これが、お父様でなくて、誰だというのです?」 「ったく、すぐアリスはそーやって目ぇキラキラさせて、演説ぶちかましやがる」 「あら、いけませんか?」 「いいも悪いもねーけど、ちっとは疑えよな?」 「うふ。何を言うかと思えば…最初から、疑っているからこそ、念入りに調べに調べて、ずっと様子を探っていたのではないですか?」 「まぁ、そうだけどよ…」 「ママの言葉を疑ったわけではないですけれど、大事なお父様を間違えるわけにはいきません。ましてや、ここは敵地。調査は、十分に行ったはずです。その結果、お父様は、お父様に間違いないと、わたくしたちは判断しました」 「ママ?」 「そうです。その手紙に書いてある通り、わたくしたちはママに言われて、お父様をお迎えにやって来たのですよ」 「……」 「なんだよ、その反応? …おい、まさかテメェ…」 「……」 「オレたちだけならともかく、母様のことまで知らねぇとか…おい!」 「……」 「そ、そんな…。それはあんまりですわ、お父様。ママのことを、本気でお忘れに? …いいえ、そんなハズはありませんわ。だって、お父様が大罪を犯したのも、全てはママを失ったのがキッカケだと、お聞きしました。それなのに、忘れるなんて…まさか、悪魔に記憶を?」 「バカ、それならオヤジを流刑にする必要なんてねぇだろ」 「そ、それもそうですわね…。でも、それならどうして…」 「おい、このバカオヤジ。テメェが世の中の権力者を殺しまくったのは、何のためだよ? 時代と、それを動かす人間全てへの、憎しみだろうが! この世の片隅で、ひっそりと亡くなった母様のためだろうが! 母様の無念を晴らすために、テメェは人間集団の頭を殺しまくって、世界中の人間関係を滅茶苦茶にした」 「そうですわ。実際、見事な手口でしたわ。だって、結果として、お父様を騙る偽者がたくさん現れましたし、お父様がやってもいない犯行まで、お父様の仕業にされたケースは後をたちませんでした。敵同士はもちろん、仲間同士、殺し合い、潰し合い、憎み合い。大きな国から小さな国まで、骨肉関係なく、疑心と暗鬼。当のお父様は、すでに居ないというのに、いつまでも真犯人の探し合い、裁き合い、(かた)り合い。なんという、悲しき同族関係、仲間意識、集団組織のもろさ。お父様は、確実に復讐を果たされたわけです。ただ、ママへの愛のために、悪魔との関係すら否定して、ひたすら孤立したというのに…それなのに…」
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