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「地ノ果テ」 その四
「…それで、君たちが私を妻に会わせてくれるのか?」
「だから、最初からそう言ってるだろうが。テメェ、まだ疑ってるのか?」
「セイったら…本気で疑っているのなら、望んでいないのなら、わたくしたちとこうして話すことさえ、あるハズがないでしょう?」
「チッ…だとしても、オレはまだ、こんなヤツがオヤジだなんて、認めてねぇからな」
「あなたはさっきから、お父様を『バカオヤジ』と、何度も連呼していましたわよ?」
「そ、それと、これは…話が別だ…」
「うふ。本当に甘えん坊さんね。ここに来てから、どうやってお声をかけようか、ずっとモジモジしていたくせに」
「あー、あー、聞こえなーい!」
「赤ちゃん人形みたいに、お顔が真っ赤よ?」
「…オ、オレのことよりも…コイツに、さっさと説明しろよっ!」
「それもそうですわね。続きは、ママのところに帰ってからにしましょうね?」
「……っ!」
「さて、お父様。まずは、わたくしたちの言葉に耳を傾けてただけたことに、心からの喜びを申し上げます。お父様の不安や疑問、心中お察ししておりますわ。お父様は、すでに人間の体をほとんど失いながら、未だに生きていらっしゃいます。一方、ママはすでに人間としての生を終えております。単刀直入に申し上げれば、お父様にはヒトとして死んでいただくほか、ママに会うことはまず不可能です」
「…だろうな」
「驚かれないのですね?」
「もしも、君の言うママが私に会いに来たとすれば、それは偽者だ。そんな幻や亡霊モドキなら、何度も悪魔に見せつけられた」
「うふ。頼もしいお言葉ですわ。でも、ママに会いたくはなかったのですか?」
「私の都合で、何度も殺すつもりはない。死ぬのは、一度で十分だ。ましてや、私が与えられたような偽りの命など、ありがたさの欠片もない」
「まことに結構です。しかし、そこまでのお気持ちがあるのなら、どうしてお父様はずっとここに? 失礼ながら、悪魔に協力しなくても、その領域に身を置かれているのはなぜです?」
「……」
「分かっていますわ。お父様は、ご自分を責めていらっしゃられる。後悔なさっておられる。ご自分が、救われる価値などないと、思っていらっしゃる。確かに、お父様は多くの罪を犯しました。その罪が、私利私欲から生まれたものならば、お父様も今ごろはここの亡者の一員として、悪魔に身をかがめていたことでしょう。しかし、お父様は金銀財宝のガラクタの番人。それなのに、悪魔とは犬猿の仲という、なんとも不思議な状況に身を置かれています。つまり、分かりやすい表現で言うところ、『オレに関わるな!』的な生き方を、本気で、実行していらっしゃる状態です」
「こんなイカれた、バカに関わりたいと思うのは、財宝目当ての亡者くらいだろうけどな」
「みぃんな、お父様の飼育なさっている、スナヘビやコガネバチといった、この地の生き物たちの餌食となってしまいました。今日も、宝石花にたくさん食べられていましたわね。どうして、自分から彼らの住まいに近づくのか、理解に苦しみますわ」
「まぁ、オヤジがここに棲んでいる連中と仲良くやってるのは知っている。やつらも、オヤジだけは襲わないからな」
「私を食っても仕方ない。私も、あいつらと関わる気はない」
「まぁ、好んで僻地に住む生き物がいるように、お父様が望んでここに居ることは理解できました。彼らと同様、お父様も近づくものには容赦しない、関わらなければそれでいい、という点で、一致しているのでしょう。それで、お父様が幸せならば、わたくしたちも、ママも、異論はありません。でも、お父様。本当に、それがお父様の望みなのですか? 金銀財宝に擬態して、近づく人間を殺して食べている生き物たちと、毒の中でしか生きられない生き物たちと、お父様は同じなのですか? そうではないでしょう? でなければ、わたくしたちともこうして、言葉を交わす必要はないはずです。何の後悔も、希望もないなら、わたくしたちの存在は、初めから必要ではありません。まことに悔やんでいなければ、わたくしたちの姿も声も、届くはずはないのです」
「…私に、どうしろと?」
「子供に聞くか、そういうこと? 仮にもオヤジだろ?」
「だが、迎えに来たと言ったのは君たちだ。わざわざ人形の姿に身を宿して来たからには、それなりに理由があるのだろう?」
「何だよ、まだそーんなくだらねーこと考えていたのか? 立場を考えろ、立場を」
「立場ならわきまえているつもりだ。だから、ここに居る」
「…そーかもしれねーけど…話が平行線だな、このオヤジ…」
「それでも、わたくしたちから答えが聞きたいのでしょう? 着実な、一歩には変わりありません。求めつづけなさいと、ママからも教わったでしょう? 親子なんだから、イジワル言わないで、ちゃんと話してあげなさい」
「…ったく。いいか、このバカオヤジ。テメェがここに居残ったところで、何の意味もねぇ。母様にも、いつまで経っても会えない。それくらいは分かるだろ? そもそも、こんなところに、母様が居るわけねぇし、オレたちだって好んでやって来たりしねぇ。違うか?」
「…そうだな。だが、私は…」
「罪人。それも、大罪人。だから、ここから出てはいけない? そんなこと、誰が仰ったのですか? 悪魔ですか? ならば、お父様はやっぱり悪魔の言いなりになっているということですか?」
「いや…」
「それなら、出ましょう。ヒトを裁くのは、同じヒトでも、ましてや悪魔でもありません。裁けるのは、ただおひとりだけ。分かっているのでしょう?」
「……」
「なんだよ、怖いのかよ? 大勢を殺して、自分が死ぬのは怖いのか? なっさけねぇ」
「こーら。からかってはいけません。あなただって、お父様が本当に恐れているのが何か、もう気づいているハズですわ」
「…あー、もー、めんどくせぇ! とにかく、母様はテメェのことを怒ったりしてねーよ! じゃなきゃ、オレたちをわざわざこんな地の果てに寄こしたりしねーよ! だから…オレたちと来い! じゃないと、オレたちが母様に会わせる顔がねーんだよ!」
「はい、よく出来ました。ぱちぱち~」
「…アリス…お前ぇぇ…」
「お父様。セイがここまで言うのも、ママを愛しているからです。それもこれも、ママがお父様を愛しているからこそですわ。それなのに、まだご自分が愛されていないと、思っておられるのですか?」
「…私は」
「これが正真正銘、最後だ。来るのか、来ないのか、どっちだ!」
私は立ち上がる。
そして、歩き始めた。
「…って、オイ! 逃げるのか、このヤロー!」
逃げる?
ここは地の果てだ。他に逃げ場所はない。この先に、果ては無い。
だから…。
「ここから逃げるというのなら、その通りだ」
だから、逃げる時は速やかに、必要最低限の荷物があればいい。いつでも、私はそうしていた。大切なものなど、すでにない。
だが、子供たちに全てを任せるのは、あまりにも考えが無さすぎる。
「だから、用意をする。大した物資は持っていないが、お前たちの身の回りに必要なものがあるなら、手配する」
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