第弐拾八節

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第弐拾八節

梅雨の季節が終わり、蒸し暑い夏の日差しばかりが照りつける季節になった。 俺は手振り棒を肩に担ぎ、大通りに出る。 かぶった笠の隙間から、強い日差しが差し込んだ。 万屋のたぬき親父が、どこからかこの行列の通る通りを嗅ぎつけてきた。 そこへ行って日銭を稼いでこいとは、呆れて物も言えぬ。 戯れ言を戯れ言と知ってか知らずが、それでも素直に奴の話にのっている俺自身も、あの男と変わりないといえば変わりないのかもしれぬ。 通りの人混みは、きれいに左右に避けられていた。 行列の先導を勤める者が、それをかき分ける。 「徳川の姫さんの、花嫁行列だとよ」 「そりゃまぁさぞかし、立派なもんだろうねぇ」 誰もがそれを一目みようと、現れる行列を待っていた。 「立派なもんか、売られていくんだよ」 花嫁行列の先頭をゆく、飾り槍が見えた。 大規模な大名行列とは違う、ささやかな、だけど、きらびやかな行列だ。 髭やっこの人目を引こうとするくねくねとした独特の歩き方と、投げ合う槍の演武がのんびりと続く。 一度だけ、葉山の手引きで月星丸と会った。 万屋からの品物を届けに庭に入った。 回廊に現れたその姿に、俺は膝をつき頭を下げた。 「財政難に苦しむ松崎藩が、姫さんの持参金目当てにもらい受けるってよ。相手は家督を譲る一歩手前の、爺さんだって話しだ」 派手な着物に、漆塗りに金箔の先箱を持った従者が通り過ぎる。 「これでお上にとっちゃあ、奥の金食い虫を厄介払いできて」 「貧乏藩にも金が渡るってことか」 行列の雰囲気が変わった。 間もなくこの行列の本陣が現れる。 輿入れするお姫さまを乗せた輿の登場だ。 回廊を歩く、白い足袋だけを見ていた。 届けた品は何かは知らない。 あいつはそれを受け取ったのだろうか。 「どっちにしても、悪い話しじゃねぇんじゃねぇのか」 白い輿が現れる。 金箔の装飾がびっしりと施されたその輿は、ゆっくりと進んでゆく。 「きれいだねぇ」 その後ろには、姫に付き従う女中たちの行列が続いた。 みな真新しい、美しくきらびやかな衣装に身を包み、しとやかに歩む。 「だけどまぁお城の姫さんにしたって、奥に閉じ込められているよりかは、少しは自由に過ごせるだろうよ」 「一挙両得ってやつかい」 最後の挟箱と葛籠馬を見送って、行列は終わった。 「さぁ、行った行った。もうこれでお終いだよ」 前で話していた女が、俺を振り返った。 「おや、あんた笠を売ってるのかい?」 俺は自分の頭に乗った笠を、深くかぶり直す。 「だけどまぁ、そんな下手くそな笠を自分の頭にかぶってたんじゃあ、売れるものも売れないよ」 女は笑った。 俺は何も言わずにもう一度笠に手をかける。 あいつが初めて編んだ笠だから、これでいいんだ。 下ろしていた手振り棒を、もう一度肩に担ぐ。 俺はゆっくりと歩き始めた。 【完】
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