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父の背中
「はあ…」
深いため息が聞こえた。
いくつもの墓石が建ち並ぶ霊園。その中で聞こえたため息は、酷く疲れているように聞こえた。
天霊寺が管理する天上霊園にある墓地、坂を登ったその一番上には、永代供養墓があった。ここでの永代供養墓は、集合墓を指している。
集合墓の前でひとり佇む青年は、何か言いたげな視線を込めながら、墓石をじっと見つめている。
身長165センチほど。整髪剤で整えられた髪と、皺のない白いシャツが清潔感を増している。切れ長の目がどこか人を寄せ付けない雰囲気だが、その瞳は温かみに満ちた優しさを帯びていた。彼の名は、吉澤 満光という。光が満ちるという大層な名前だが、生まれてこの方、彼の人生に大きな光が満ちたことはない。
供養塔の前に添えられた瑞々しい花と、開封されていないメビウスの煙草は、満光が持参したものだった。この集合墓には、満光の父親、晃弘が眠っている。
満光は晃弘、美津子夫妻の一人っ子として産まれた。晃弘は男の子の誕生に喜び、母美津子も惜しみない愛情を注いでいた。
しかし、満光は成長するにつれて、晃弘と疎遠になっていった。同じ家に住んでいるのに、会話を交わすことは僅かであり、その会話も事務的なものに終始していた。反対に母の美津子との関係は良好で、母にはなんでも話していた。
満光が晃弘と疎遠になった理由はもうひとつある。それは、晃弘が抱えている借金が原因であった。浪費癖のある晃弘は、複数の消費者金融や知人から借金をしていた。美津子は返済のために身を粉にして働いていたが、完済したと思った矢先に、晃弘が新たな借金を作るという、いたちごっこが続いた。
バブル崩壊後から晃弘と美津子の仲は冷え切っていたようで、夫婦だというのに、口を利くことはあまりなかった。
やがて晃弘の勤めていた建設会社が倒産。満光も就職難で勤め先が定まらず、美津子と共に一家を支えるために、派遣業で生活費を稼いだ。晃弘も夜間工事のアルバイトなどで働いていたが、ある日突然脳幹出血によって倒れて、半身不随の寝たきり状態になった。
施設の入居費用も嵩み、やがて満光は晃弘を恨むようになった。晃弘さえもっとしっかりしていれば、こんな苦労をすることなどなかったと。
満光はフリーター時代の勤め先に声を掛けてもらい、正規社員として働いている。上手くいかないこともあるが、周りの人たちが支えてくれるために、ひとつひとつスキルアップもしていた。だが、それでも仕事に対する充実感には欠けていた。
今は美津子を故郷に残し、県外に赴任している。たまの帰郷で、こうして墓参りに訪れるのが日課だった。父のことなどどうでもいいと思うが、義務的な行動なのだろうか。こうして足を向けてしまうのだ。
満光は微かな侮蔑を込めた目で、供養塔を一瞥すると、墓地の麓にある駐車場へ足を向けた。
墓地から眺める景色はこれ以上ないくらい晴れやかに澄み渡っていた。
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