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翌々日
久しぶりに誠くんと未来ちゃんに会った。
誠くんにも未来ちゃんにも変わったところはなかった。
しばらくして、また一緒に遊び出した。
砂場へ行って基地を作る。
ブランコに三人で仲良く乗った。
ドッヂボールのコートを足で線を引いて作ってから、ボールを投げ合った。
そしてまた、砂場に戻り基地作り。
久しぶりであることを忘れるほど三人で楽しく遊んだ。
誠くんの笑顔も、未来ちゃんの笑い声も何も変わっていなかった。
ひたすら楽しかった。
みんなで大声で笑い合った。
と、ふと未来ちゃんが言い出した。
「あの泥人形、どうなったかな?」
確かに泥人形を、一時期住んでいた元養護施設のお庭に作った。
「また見たいな」
と誠くん。
「そうだね」
「みんなで見に行こうか?」
と未来ちゃんが言ったが、あの元養護施設が何処にあるのか場所がわからなかった。
施設の先生に聞いても教えてくれない上、二度と行っちゃダメと釘を刺されたので、もうどうしようもなかった。
諦めてブラブラしていたら、急にトイレに行きたくなり、一人でお手洗いへ。
お手洗いに行くと誰もいなかったが、気にせず小さい方の用を足した。
すると後ろに一つだけある個室の扉がいきなり開いて、中から何故か"あの子"が出てきた。
こんなところにあの子が居てびっくりしたが、あの子は優しそうに微笑んでいた。
すぐに、仮面の男から助けてくれたお礼を言った。
あの子は微笑んだままだったが、ふいに"泥人形を見に行こう"と言った。
元養護施設の場所がわからないと言うと、あの子は"それなら知ってる、一緒に行こう"と言う。
そこで、急遽二人で泥人形を見に行くことになった。
20分近く歩くと、あのちょっと前まで居た元養護施設が見えてきた。
閉まっている門に二人でよじ登って中に入った。
庭を走って行くと、砂場のそばに何やら人影が見えたが、それが泥人形だった。
みんなで作った泥人形。
誠くんや未来ちゃんにも見せてあげたいな。
泥人形に近づいて触れてみる。
すでに180センチくらいの背の高さになっているので泥人形は大きい。
すると泥人形の後ろで、何かが動いた気がした。
そしてふと気が付くと、目の前に泥人形が二人いた!
何で??
何が起こった!?
二つの泥人形はしばらくこちらを見ていたが、驚いて言葉が出ないまま立ち尽くしていると、片方の泥人形が急に動き出したのでびっくりした。
「!」
さらに驚いて目を丸くしていると、動き出した泥人形は急にこちらの体を強い力で押さえ込んできた。
何が起こっているのか訳がわからないまま、泥人形に羽交い締めにされた。
あの子は…?
あの子はどこ…?
あの子は何処にもいなかった。
泥人形の力はかなり強く、何度か抵抗したが、子供の力では全くどうにもならなかった。
首まで泥人形に押さえ込まれ、気を失いそうになった。
意識が朦朧とする。
目の前が霞み出した
その時、
今度は何かに足を強く引っ張られた。
凄い力で足を引っ張られて、体がバラバラになりそうだ。
このままバラバラにされてしまうのか?!
と思った、その瞬間、
首筋を押さえつけられていた力が緩み、泥人形の腕から体が引き離された。
前屈みになり、急遽、上半身が地面に落下しかけたが、なんとか地面に両手を付けて踏ん張った。
その時、目の前の泥人形は、こちらではなく、後ろにいる何者かを睨みつけていた。
不意に、怖々、後ろを振り返った。
すると、そこには、
あの仮面の男がいた。
何故、仮面の男が?!
訳がわからないまま、仮面の男の方を見ていると、次の瞬間、仮面の男は泥人形に向かって突進し、襲いかかっていった。
仮面の男と泥人形の凄ざまじい格闘が始まった。
どちらも一歩も引かず、もつれ合い、時には殴り合いに発展していった。
だが、不意に泥人形が仮面の男との絡み合いから逃れて、立ち上がった瞬間、鈍い音がしたと思ったのと同時に、急に泥人形は一人でぶっ倒れてしまった。
泥人形は完全に意識をなくして、地面にグッタリ倒れ込んだままになった。
何が?
どうなった?
すると今度は、仮面の男が立ち上がった。
仮面の男が凄ざまじい形相でこっちに向かってくる。
そして血走った目でこちらを睨みつけてきた。
あまりの恐怖に体が動かなくなり、思わず目を瞑った。
助けて…!!
「だいじょうぶか?」
急に正面から声が聞こえた。
「もうだいじょうぶだ」
優しそうな声だった。
思わず目を開けると、仮面の男はこちらに笑顔を向けて、頭を撫でていた。
「泣かなかったのは褒めてやるよ」
そう言うと、仮面の男は、さらにクシャクシャと笑った笑顔をこちらに向けた。
何がなんだか訳がわからず、思わず、仮面の男に話しかけてしまった。
「一体、何がどうなったの?」
すると仮面の男は、タバコを咥えて火をつけて、フーっと煙を吐き出してから話し始めた。
「前に誘拐された話は聞いてるな。その誘拐犯の主犯がこいつさ」
と、倒れている泥人形を指差した。
「え?泥人形が?」
「よく見ろ。本物の泥人形はあそこに立ってるだろ。こいつは泥人形に化けてるのさ」
確かに砂場の横には、自分たちで作った泥人形が変わらず立っていた。
「この泥人形を餌に、お前をおびき寄せたのさ。そこに隠れているガキがな」
「え?」
「お前らを養護施設から誘拐する手引きをしたのは、そこにいるガキだよ。おまけにお前がハーフの男に売られて養子になってるのを監視してたのもそのガキだ。俺がハーフの男からお前を、まるで誘拐するように救出したのに、また連れ戻したのもそこに隠れてるガキの仕業さ。そして今また、泥人形を餌に、お前をおびき寄せて、連れ去ろうとしたというわけさ」
「え?」
「いつまでも隠れてたって無駄だ。出てこいよ!」
仮面の男がそう大声で叫ぶと、しばらくして、物陰の中から、"あの子"が出てきた。
俯いたまま、あの子は力無く立っていた。
あの子が誘拐の手引き?
あの子が売られた自分を監視?
その後、救出された自分をまた誘拐?
そして、今また泥人形を餌に誘拐の手引きをした?
まさか?
でも何故?
そもそも、あの子は、
誰なのだ??
「そいつは、そこで倒れている誘拐犯の娘だよ」
えっ?!
誘拐犯の娘?
あの子は、その類稀なくらい美しい美少女の顔を下に向けたまま、黙って立っていた。
「親と一緒になって、お前らの誘拐に加担してたってわけだ」
一緒に遊んでいても、誘拐犯たちが彼女の存在を否定したのはお仲間だったからだ。
それに養護施設の先生たちにとって、彼女は全く知らない子供だ。
あの子が誘拐犯の仲間だなんて…
そんな…
あの彼女が….
「だが、お前や俺を、最後に救ってくれたのも彼女なんだよ」
「え?」
「倒れている男の横に、デカイ石が落ちてるだろ。そいつを投げつけて、自分の父親が暴れるのを、彼女が止めてくれたんだよ」
「ええ?!」
「酷い親父に娘がケジメを付けさせた、というわけさ。まあ俺がエラそうに言える話じゃないが…」
あの子は、倒れている男の方に駆け寄っていき、しばらくの間、声も出さずに泣いているように見えた。
その後、サイレンの音が聞こえてきて、この元養護施設の門の前にパトカーが到着したのが見えた。
門が開けられ、数名の警察官と養護施設の先生がこちらに向けて走って来た。
警察官は、倒れている男と、あの子を連れていった。
連れて行かれる寸前、あの子は、不意に悲しくも美しい瞳でこちらを見て、小さく頭を下げ、そして去っていった。
あの子のことが
好きだった
ずっと
何か、途轍もなく大きなものを、
ぼくは失った気がした。
目の前に、一人去ってゆく仮面の男の後ろ姿が見えた。
何処かで見た後ろ姿。
ずっと小さい頃、この後ろ姿を追いかけた…ような…
「追いかけていいのよ」
不意に横から、施設の先生の声がした。
言いたいことの意味が、何故かよくわかった。
あのずっと昔見たことがある
あの
後ろ姿
あの後ろ姿を、ずっと昔、追いかけた…
「あの人、事業に失敗して、借金に追い回されていたから、あなたのことをうちに預けたのよ。でもずっと、あなたのことを見守っていた。だから、仮面まで付けて正体隠して、父親として、必死になってあなたを守ったのね」
「…。」
「あなたのことを捨てたのは確かよ。でも、あの人は、ずっと、あなたのことを見守っていたの」
懐かしい感触
あの後ろ姿を追いかける
この感触
早く追いつこう
早く追いつきたい
そして
仮面の中の
あの懐かしい笑顔を
早く見たい
そして彼女にも
いつの日にか
また どこかで
円の外から
ボールを投げたかった
(終)
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