1537人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちょっ、なんで!?」
「ダルくて動きたくないって言ってたんで、ご飯作りに来ました」
両手を動かす彼はスーパーの袋を持っている。
「仕事は!?」
「お昼休憩中です」
「いや、そうかもしれないけどっ」
「お邪魔しますね」
そう言い、皇は沙菜の横を通り玄関の中へ。そして靴を脱いで上がってしまう。
(私、一応彼氏いるんだけど!)
彼氏公認ならまだしも、凛空は皇の存在を知らない。それなのに彼氏にも言わず、部屋に上げてしまっていいのだろうか。
(あ、上司がお見舞いに来てくれただけとも言えるかな)
あくまで仕事仲間が様子を見に来てくれた、その代表が課長だった。ただそれだけ。ならば問題ないだろう。
「……っていいわけないよね!?」
「先輩、冷蔵庫借りますねー」
「ちょっと! 皇君も少しは私の立場も考えて!」
「え、冷蔵庫開けない方がいいですか?」
「あ、いや、それは別にいいけども」
「じゃあ失礼します」
冷蔵庫独特のくっついたゴムが離れるような音を立てながら皇は扉を開ける。その手には卵のパックが握られていた。
キッチンに置かれた袋にはまだまだ食材が残っていて、一体なにを作るつもりなのか。それほど食欲があるわけではない――と、そこまで考えて沙菜は「じゃなくて!」と軽く拳を振った。
「皇君っ、私一応」
「はい、病人は寝ていてください」
「ちょっと!」
パタンと冷蔵庫を閉めてから沙菜と向かい合い、クルンと沙菜の身体を回転させる。そして背中を押した。
抵抗するだけの力はない。押されるがまま沙菜は歩き、ベッドへと座り込んだ。
「ほら、布団かぶって」
「~~~~っ」
聞く耳持たずというより、わざと知らぬふりをして沙菜を黙らせるのだろう。
今ここに凛空がいたらどうするつもりだったのだ。いや、きっと一緒にいないことを見越して来たに違いない。
迎えに行くと言っていたくせにドタキャンをする男がわざわざお見舞いや、世話を焼いてくれるわけが無いと彼も思っている。
沙菜はもう諦めて皇が捲った布団に身体を滑らせ、横になった。
「熱は?」
「七度五分」
「吐き気は?」
「大丈夫」
「ちょっと待ってて」
皇は布団を掛けてから早足でキッチンへ行き、戻ってくる。そして「額出して」と言う。その手には熱冷シートが。
「じ、自分でやるよ」
「いいから」
真面目に、少し怒ったような声音で言われ、沙菜は片手で前髪を上げる。すると彼は両手でそれを額に貼って、手のひらをその上に乗せた。
「気持ちいい?」
「うん」
「食べられないものとかある?」
「特には。でもそんな食欲はないかも」
「食べやすいものを作りますね」
皇が優しく微笑む。
「キッチン借りるけど、綺麗に片付けるから心配しないで寝ててください」
「ん」
小さく頷けば、額に乗っていた手のひらが離れる。けれど最後に指の背でそっと沙菜の頬を撫でてからキッチンへと消えていった。
「あ、う……」
(なんか、なんか、なんかっ!)
元々呼吸は浅かったのに、先程とは違った意味で胸が苦しい。
口をパクパクさせ、沙菜は顎まで掛かっている布団を握り締めた。
また袋から何か出しているのか、ガサガサとビニールの音が響く。それから水道の音。何かを探すように棚の扉を開く音。
凛空もキッチンに立つことはあるけれど、それは自分のビールやつまみを用意する時だけだ。けれど今あそこにいる人は私の為に何かを作ろうとしてくれている。
額に乗った手も頬を撫でた指も色めいたものは全く無くて、本当にただ尽くしてくれているなんて。
「……優しいね」
そう小さく呟けば、また一気に熱が上がった気がして、沙菜はキッチンとは逆の壁側を向いて目を瞑った。
耳に入って来る音は心地いい。
無意識に口元に弧を描きながら、いつの間にかそのまま寝入ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!