スーツ 俺とお前と犯人と ~こんな人たちのアシスタントはいやだ~

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「助けてください。あの子が、あの子がいないんです!!!」 母親らしき女性が泣きながら窓口で訴えている。 窓口がざわめいた。 「わかりました。詳しく教えてください。」 近くいた刑事があわてて女性に駆け寄った。 母親が言うには、夕方ちょっと目を離した隙にいなくなったらしい。 最初は庭で遊んでいるのかと思ったという。 子どもの遊ぶ声がしたからだ。 「でも、一人で遊んでいる声ではなかったと思うんです」 母親は思い出しながら話す。 「一人で遊んでいるなら、大きな声で笑ったり、こっちきてよと言ったりしませんよね。でもあの子がそう言っているのが聞こえたんです」 刑事は彼女の話をメモリながら、奇妙な顔をした。 「本当なんです。わたしもびっくりしました。夏とはいえ、6時を過ぎています。幼稚園児がお友達と遊ぶ時間ではないのです。だから、台所の支度を途中にして、庭を見に行きました。いま思うと、家に一人で遊びに来るようなお友達なんて、あの子にいませんでした。ここは田舎ですから、幼稚園児が一人で出歩けるようなところはありませんから」 ハンカチをとりだして、母親は涙を拭く。 「庭にはあの子の靴がぽつんと脱ぎ捨てられていました。裸足が好きだったので、そういうこともあるかなと思いました。わたしとしては、廊下が泥だらけになるので、庭で裸足になられるのは嫌でしたけど。でもあたりにあの子の姿がなかったのです。わたしはあわてて家人に告げ、探し始めました。でも……でも……どこにもあの子の姿がないのです。探してください。お願いです。あの子を探してください」 母親はそういうと、泣き崩れた。 この母親と子供の家は田舎の一軒家だ。とは言っても豪奢なつくりで庭もかなり広い。おそらくこの辺の名士なのだろう。 県警のお偉いさんが絶対即解決するよう圧力をかけてきた。 家の周りは背の高いなまこ壁で覆われていた。出入り口は表門のほかに、通用門が1つあるだけだ。 門も通用門もしまっており、鍵も子どもの身長よりも高いところにある。そして、何より重い木の棒を横にして閉めるタイプ、お寺の門や時代劇にあるような鍵だった。 周囲は田んぼや畑だった。家の後ろには山がある。 捜査二課の刑事たちは頭を抱えた。子どもが一人で行きたがるような場所ではない。ましてや幼稚園児だ。 不審者の情報は1件も入っていなかった。 「いったい子どもはどこにいったのか」 新米刑事の僕にも、まったくわからなかった。 僕はこの春捜査二課特別班のアシスタントに配属された、新人刑事だ。 捜査二課に配属されたと同期に言ったら、妬みや嫉みでずいぶん意地悪をされたが、特別班アシスタントと担当を話すと、同情してくれた。 僕は同期からの意地悪が止んで、嬉しかった。しかし、同時にそれほどブラックな班なのだろうかと不安になった。 僕の特別班は僕を入れて三人だ。そして僕一人しか現場に来ていない。 捜査2課の他の班のひとたちはすでに到着して、いろいろ忙しく活動している。 僕は何をしたらいいのかわからずに、ぼんやりと外を見つめた。 もう夜も10時が過ぎている。 町の人たちが協力して、すでに用水路や山の中を探してもらっていた。懐中電灯の光があちらこちらに見える。 残念ながら、結局この日は子どもは見つからなかった。 朝6時から捜索隊が出動した。 小さな町のため、事件は大きな噂になっているようだった。 こんなところに住んでいたら、息苦しいだろうなと僕は思う。 僕は昨日そのまま現場近くに泊まって、捜査状況を確認していた。他の刑事さん達も同様だ。僕以外の刑事さんたちは、朝からとても忙しそうだ。しかし、僕の特別班の方々はまだ来ない。 「どうして、特別班の方々は来ないのですか?」 僕は耐えきれず質問した。他の班の刑事さん達は苦笑している。 ――えええ、そんな変な班なんだろうか。 僕はますます不安になった。 しかたない。僕は僕でできることをしよう。 僕は家の門のあたりで町の人たちから捜索状況を聞き取り、メモしていた。 町の人たちは神隠しとか天狗の仕業と噂していた。 すると、向こうのほうから歓声があがった。 町の人たちが群がっている。 「おーい、みつかったぞ」 町の人の一人が、走って家まで知らせにやってきた。 捜査本部からどよめきがあがる。 こんな田舎には不似合な、高級そうな三つ揃えのスーツの2人組の男を町の人たちが取り巻いている。片方の男が子どもをしっかりと抱きかかえていた。 「たかし……たかし!!」 母親が走り寄った。 男は眠そうにしている子どもを受け渡した。母親はしっかりと子どもを抱きしめる。 「ありがとうございます。ありがとうございます……」 母親はすすり泣いた。 「先輩、事件解決ですね」 「ああ、そうだな、後輩よ」 先輩と呼ばれている男は、前髪を右手で優雅に払う。端正な顔つきだったが、疲労の色が浮かび、頬に泥がついていた。 「たまには汗もいいものだな」 「そうですね。田舎の早朝も気持ちいい」 微妙に話がかみ合っていない気がするけど…… 僕はじっと見た。 「おまえ、暇そうだな。ああ、あれか。特別班のアシスタントか」 先輩と呼ばれているほうが爽やかに笑った。 「はあ、そうです。ええと、どなたですか」 ぼくはとまどった。 「俺は栄一だ。あいつは後輩のビル。日本人だがそう呼ばれている。よくエービーコンビと呼ばれているが」 「ええ!あの……(悪名高い)」 「アシスタントとはいえ、その服はいただけないな」 ビルがつぶやいた。 ビルと呼ばれている男性は、男らしいカッコよさだ。 「ああ、そうだな。その服はたしかにいただけないな。今度スーツを買いにつれていってやる。安物のスーツは自分を安売りするぞ」 栄一先輩が笑った。 「スタイルって大事なんだよ。大した中身がなくても、いいもの着てればごまかしもきく。お前みたいなのは仕立てがいいものを着ないとな、なめられるぞ」 ビル先輩が僕の肩をつかんだ。 通りのむこうから、騒ぎを聞きつけたテレビカメラがこちらに突進してきた。 先輩たちはいきなりくるりとターンして、決め顔をした。 先輩たちの変わり身にあてられ、ぼくはあっけにとられた。 栄一先輩の頬の泥も、ビル先輩の汗もなんだか素敵に見えてきた。 「事件は解決したんですか?」 可愛らしい女性キャスターがマイクを向ける。 「君のために即解決したさ」 ビル先輩は女性キャスターに甘くささやいた。女性キャスターはポーっとしている。 ――なんなんだ。このショーみたいのは。 僕は驚いて口をパクパクした。 捜査本部の刑事たちは無視して、撤収の準備を始めている。 ――いいんですか! これで。 僕は捜査本部のみなさんに目で訴えたが、誰も目を合わせない。 僕はとんでもないところに配属されたのかもしれない。同期や捜査2課の人たちがやさしかったのはこれか。 このせいか。僕はこの人たちとやっていけるのだろうか。 「どこに子どもはいたんですか」 女性キャスターが聞いている。 「ふふふ。子どもは無事だった。よかっただろう」 栄一先輩とビル先輩はカメラに近づいてアピールしている。 「ここはいいところだから、みんなぜひ遊びに来てほしい」 栄一先輩とビル先輩は、田舎のPRをしながらカメラに向かってウインクした。 ――マジか。警察官としてあるまじき! しかもここをなんだとおもっているんだ。 被害者宅だぞ。 僕はかっと頭に血が上った。 栄一先輩とビル先輩は、いきなり僕の両腕をつかむと、捜索本部に連れて行く。 「おまえは無粋だね……」 「ほんと、やだやだ」 栄一先輩とビル先輩がつぶやいた。 「だって、テレビで警察官なのにあんな態度で」 僕は反論した。 「親子の感動の再開を邪魔させたいのか。それに捜査報告もしていないのに、事情を言えるわけないだろう。よく考えろ」 ビル先輩はあきれている。 「おまえら、よくやった」 いつの間にか来た県警のお偉いさんがやってきていた。 「どこで見つけたんだ? ほんとよくやった」 「山の上ですよ」 栄一先輩が一瞬だけ真顔で話した。 「なぜ? なぜなんだ? どうしてそんなところに子ども一人で」 「さあ。僕は見つけただけですよ」 栄一先輩は華麗にほほ笑んだ。 ビル先輩はそんな様子を見守っている。 「ま、無事解決したならいい」 お偉いさんはふんと言うと、家人の方へ歩いて行った。 お偉いさんがいなくなると、あっという間に栄一先輩とビル先輩の周りには若い女性でいっぱいになった。 テレビカメラはそんな様子をおもしろそうに追跡していた。 ぼくは軽蔑の目でエービーコンビをにらんだ。 ** 後日、ぼくは栄一先輩とビル先輩に会議室に呼び出された。 「おい、メモをとれ」 そうビル先輩が言うと、栄一先輩はブラインドの隙間を指で開いた。 「いい天気だ」と栄一先輩はつぶやいて、紙コップのコーヒーをすする。 かっこいい人は何をしてもかっこいい。 「聞いてるのか!」ビル先輩が片方の眉を吊り上げて僕を見た。 「あ、はい」 僕はあわててボールペンを持つ。 「孝くんは裏山の山頂近くの沢で見つけた。裸足で歩いたためか、足の裏は汚れていた。衣服は転んだためのか、膝のあたりを中心に泥が付着していた。発見した当時は午前5時半ごろ……」 ぼくはあっけにとられた。 このエービーコンビ、まじめに仕事していたんだ…… 「なんだその目は。ほら、さっさと書け」 ビル先輩は一蹴する。 「すいません。はい、どうぞ」 僕はペンを走らせた。 「ところで、どうして裏山にいるってわかったんですか」 「そりゃ、山の方がたのしいだろう。遊ぶなら」 ――ええ、そんな理由ですか! ビル先輩が栄一先輩の方を向く。 「どうやって裏山のなかから見つけたんですか」 ぼくは不思議に思って聞いた。 「子どもは山の上に行きたがるもんだよ、そういうものなんだ」 栄一先輩がほほ笑んだ。 ――ええ、そ、そんな理由! 「じゃあ、どうして一人だったんですかねえ」 僕は首を傾げた。 「一人とは限らないよ。逢魔が時っていうじゃない? 天狗でも、山の精霊でも来ていたのかもしれないよ」 栄一先輩が言うと、ビル先輩がにやりと笑った。 ――マジですか。そんな理由ですか。 僕は開いた口が塞がらなかった。 「そうそう、この調書仕上げとけよ。それから、今日、そのダサいスーツからバリっとしたスーツにしてやるよ」 ビル先輩は僕の肩をポンポンと叩いた。 「そうだね。その安っぽいスーツは特別班には似合わないね」 そういうと、エービーコンビの先輩たちは会議室から去っていた。 ――こんな報告、捜索本部に言えないです。書けないです。どうするんですか。 僕はがっくりして、床に手をついた。
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