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ヘルは立ち上がった。焦っていた。目をあげて時計を見ると、出発予定の時間が迫っているのを確認し、頭をかきむしった。
どこにやっちまったんだ、ちくしょう。犯人はあいつに決まっている、いつかとっちめてやる。うまくしてやられた。
「メイビー、おい、起きろ。起きてるだろう、車の鍵を知らないか」ヘルはメイビーの寝室に向かい言う。寝室は隣、ヘルは壁に口をくっつける。
「おい、起きているのは知っているんだ。鍵を隠したのもお前だってことも」メイカはつづける。ひどく怒っている。
何度か叫ぶとメイカはのそのそとヘルの書斎に入った。
「知らないわよ、あなたがどこかにやったのでしょう?昨日まで机の上にあったのは私もみたわよ」
「ほらな、おれの部屋に入ったんだ。無断で、断りもなく」ヘルは怒りを抑えようとしない。
「入ったわよ、あなたが家の掃除をしろと言うから。この部屋も、家の一部でしょう?」
「おれの部屋に入るときは、声を掛けろと言っただろう」
ヘルは先ほど探した場所に手をつける。土を掘るように本棚から探し物をするヘルの姿を見たメイビーは笑いをこらえるのに必死だ。彼女はとても幸せそうである。
「ちくしょう。今日は本当に大事な日なんだ。あいつが待っているというのに」メイビーにとって聞き捨てならない言葉。
「あいつって、彼女のことでしょう!?私のことは捨てる気!?」
「だから、そういう関係じゃないと言っているだろう。もういい、タクシーを呼ぶ」
ヘルは受話器を取りダイヤルを回す。早く電話に出やがれ、オタンコナス。やっとタクシー会社の男が電話に出た、その直後に、メイカは花瓶でヘルの頭を殴った。タクシー会社の男に、唸り声が耳に入る。
「どうしたんですか!お客さん!」
メイカは我に返り、さっきまでのヘル以上の焦りが湧き上がってきたのに気づく。
なんてことをしてしまったの、わたし、どうすれば…………。ヘルはまだ生きている。急いで救急車、いやこの男が生きている価値なんて…………。
「お客さん!? 大丈夫ですか!?」
あ、と声が漏れた。名案だ。私は怒りに任せて、今、とんでもない馬鹿なことをしてしまったけれども、ツイてるわ。この馬鹿男の車を使ってもすぐバレるでしょう。なら。
「ごめんなさい、腹痛でしてね?悪いけどすぐ来てもらえない?病院に行きたいの」
これよ、これだわ。散々な今までの日々を今日で変えて見せる。この男と別れて!
「分かりました。それでは場所を」
ヘルは気を失ったが、生きていた。メイカはそれに気づかない。通話が終わり、出発の支度をする。
さあ!新しい日々が待っているわ!
メイカは罪を犯し、上機嫌になった。そして、彼女の逃亡が始まる。
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