白い覚醒

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ベッドに座って待っていると貴子さんは紗英ちゃんの顔中に包帯を巻き始めた。いつも手や足に巻かれている厚みのある弾性包帯ではなく、柔らかい伸縮包帯だったそうだ。 一巻きされるごと外界と自分が隔離されていくような感覚に陥る、耳も目も包帯で塞がれ、思考も鈍くなりフワフワとした心地よい状態になる。 唯一露出している口にはタオルのような物を噛まされた。 その後、ベッドにうつ伏せになるようにと貴子さんに指示をされ、そのまま放置されたらしい。 数秒か数分の間だったか自分では判断がつかず、自分の居る場所も時間の感覚も鈍くなってきた所で右足の膝を曲げられた。 足首周辺を何度も何度も優しく擦られる。 暫くして一瞬、足首辺りに強い圧力を感じた。 その瞬間(ゴギン)という音と(ブッ)という何かが切れるような音が響いたらしい。 突如襲ってきた痛みとショックに大声を上げたかったが、口にかまされたタオルのせいで「うううう」という唸りを漏らすことしか出来なかった。 両腕を激しくベッドに打ち付け、頭を振り回し涙を流しながら痛みに耐えているとゆっくりと身を起こされ、顔に巻かれた包帯は解かれた。 そこではじめて目にした紗英ちゃんの足首は見る見る内に変形して腫れ上がり、くるぶしも確認できないほどの酷い有様になっていく。 本当に自分足なんだろうか?あまりにも日常とかけ離れたその状態に無責任な疑問が沸いた。 しかしドクドクと脈打ち熱を持った足は下にさげているだけで頭まで鋭く鈍い痛みを走らせ、紛れもなくそれは自分自身の物だと暴力的に認識させる。 (ああ、とうとうやってしまった。痛い痛い痛い痛い、でも嬉しい) 紗英ちゃんが歓喜と後悔のない交ぜになった感情に浸っていると、タクシー会社に電話をした貴子さんに部屋から追い出された。 エレベーターに乗りマンションのエントランスにつくまでは松葉杖を貸してくれたが、その後はゴメンねと一言いうとそのまま松葉杖を持って自分の部屋に帰ってしまったそうだ。 今日は休日なので病院は空いていない、タクシーに一人ぼっちでケンケンで乗り込み近くの救急指定の病院を探したが、見つかったのはそこから1時間はかかる所しか開いていなかった。 「だから時間が掛かっちゃったの、本当はもっと早く来たかったんだけど診察を待つ時間も長かったし、座薬とかも入れられて大変だったんだよ」 そうは言いながらも紗英ちゃんはとても嬉しそうだった。 紗英ちゃんの話ではよく分からなかったけど、右足は外側の細い骨が完全に骨折していて太い方の骨にも大きなヒビが入って靭帯も切れていると診断されたそうだ。 ただ状態はいいらしく骨折の方はギプス固定だけで完全に治るらしい、靭帯の断裂は手術を進められたらしいが紗英ちゃんはギプスでの治療を強く望んだ。 なるべく長い間ギプスを体験したいのと、あわよくば後遺症が残り再び怪我することも期待してだ。 スポーツもしないし手術は怖いと何度も懇願すると(あとの判断は掛かり付けの医師と相談してくれ)といい、取り敢えずは納得してくれたということだった。 「今も痛い?」 「うん、まだ座薬が効いてるけど結構痛いよ」 どこか紗英ちゃんの表情は恍惚としていた。 私はギプスの先から出ている指先に目を向けた、僅かに覗く足の甲と指はパンパンに腫れ上がって僅かに紫色になっている。 (あああ) フェイクではないその圧倒的なリアルさに私は顔を火照らせ、身体の奥底から湧き上がる興奮と同時に吐息が荒くなるの抑えるのに必死だった。 その2日後の午後、紗英ちゃんから地元の整形外科でギプスを外され、一旦シーネ固定に変えられたと画像付きでLINEが送られてきた。 包帯の先から覗く更に赤黒くグロテスクになっていた指は、その日ずっと私の脳裏から離れなかった。
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