白い覚醒

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「あっ由香里さん、やっとギプスデビューしたのね」 「どう?シーネより全然いいでしょ」 「うん、怖がってたのが馬鹿みたい」 後から来たメンバーは次々と話しかけてきた、私は上機嫌で答える。 「あれ?今日は紗英ちゃん居ないの?」 ふいに聞かれ一瞬ドキッとしたけど用意していた嘘で取り繕った。 「うん、急に転勤が決まったみたいなの、準備が忙しいから顔を出せなくゴメンナサイって伝えてって」 「そうなんだ、仕事の都合じゃしょーがないよね」 「うん、彼女ああ見えて優秀らしいから出世コースみたい」 いつに無く気分が高揚していた私は、普段の倍以上は喋っていたと思う。紗英ちゃんが来なくなった理由もそれらしく伝えられたと内心胸を撫でおろした。 皆が帰った後も暫く貴子さんとお茶を飲みながら談笑していた。 「ねえ貴子さん、私今日はこのまま家に帰ろうと思っているの」 念願のギプスを直ぐに外してしまうのは勿体ない、この完全な形をもう少し堪能したかった。 「えっ、別にそれは構わないけど、同じマンションの人に見られても平気?」 「大丈夫だと思う・・大通りを避ければ家まであまり人に会わないし、親しい人はマンションにもいないから。今日は土曜だけど念の為もう少し時間をつぶして夜に帰ればたぶん平気、誰にも見られないと思う」 「そう、だったらいいわ。でも明日はちゃんとギプスを外しに来てね」 「はい、多分夕方くらいになると思うけど大丈夫ですか?」 「私はいつでもいいわよ」 挨拶を済ませ玄関にいくと、あることに気付いた。 (どうしよう、靴が履けない) それほどファッションに興味がない私は、いつも無難なファストファッションにスニーカーといった格好をしている。 今日も小さな花柄のいたってシンプルなワンピースにスニーカーを履いてきていたのだけど、足元はうっかりハイカットスニーカーを選んでしまっていた。 (しまった、うっかりしてた・・) このどこにでもある定番のキャンバススニーカーは値段も高くないし、ダメにしてしまってもすぐ買うことが出来るので学生時代からずっと愛用している。 とりわけ私は歩き易いハイカットが好きだった。 (靴紐はキッチリと上まで締めキッチリ履きなさい)と幼少の頃から親に怒られていたので、その習慣だけは未だに残っている。 とりあえず足だけは入れてみたものの、利き手をギプスで直角に固定されているので紐を締めることが出来ない。 「しょうがないわね」  戸惑う私を見かねて貴子さんが靴紐を結んでくれた。 「途中で脱げて転んじゃうと危ないからしっかり結んでおくわね。由香さんもその方がいいでしょ」 「はい、スミマセンありがとうございます」 簡単なことも自分で出来ない不自由なもどかしさと、自身が受けている優しさにまた顔が火照る。
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