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玄関の掃除には1時間以上の時間がかかった。
利き腕がギプスでは雑巾を絞ることも出来ず、仕方なく家にストックしてあったティッシュのBOXを何箱も使ってしまう羽目になってしまった。
片腕での掃除は大分苦労したけど、終始放心状態の私は苦労もまるで気にならなかった。
衣服はぐしょ濡れだったので裸で掃除をした。
掃除を終わらせシャワーを浴び、身体に染み込んだ汗と尿の臭いを流す。
普通はギプスを濡らさないようにビニール等を被せたりして水濡れを防ぐらしいのだけれど、そんなことに気がまわらなかった私は右腕を頭の上に挙げそのままシャワーを浴びた。
その時は既に私の頭の中はただ一つの思いに侵略され、占領され、支配されていた。
次の日、夕方まで予定が無かった私は一日中街を徘徊した。
薄いピンクのTシャツに七分丈のパンツとサンダルという、いつも通りの地味な格好だ。
由香里自身は気付いていなかったが、その日由香里が醸し出していた、どこか病的な雰囲気と右腕を真っ白なグラスファイバーのギプスと三角巾で拘束されている姿は一定数の人々の目をスマホから離れさせた。
夕方になり私は今はもう通いなれたマンションを訪ねた。
「・・・・由香里ちゃん・・・・?」
「遅くなっちゃった。・・貴子さんお願いがあるの」
貴子はいつもと表情が違う目を見た瞬間に全てを察した。
今まで知り合った人間達が少なからず侵される病にこの子もかかってしまったのだ。
「折って欲しいのね」
「はい」
私はゆっくり頷いた。
いつものベッドの上に座って待つ。
貴子さんは腕の拘束をギプスカッターで外した。
ガリガリと音を立てて切られた白い抜け殻。あんなに強い愛着があったのにもう温もりは感じない。
私は紗英ちゃんから聞いていたように誓約書にサインをさせられた。
たった2日間拘束されただけなのに右腕は思い通りに動かず、紙面の文字はとても力なく頼りないものになってしまった。
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