白い高揚

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「さあ始めるわね」 貴子さんは紗英ちゃんの話し通り私の顔に包帯を巻き始めた。 伸縮性のある柔らかいそれに視界を奪われ、聴覚も次第に鈍くなる。 呼吸の為に口と鼻は塞がれなかったが、私の首から上は真っ白な繭玉になった。 暖かく優しいその感覚は安心感を与えると同時に思考力を奪っていく。 (ああ気持ちいい、何だかフワフワしてきた・・・) 「どこの骨を折りたいの?怪我の程度は?」 少し遠くから貴子さんの声が聞こえた。 「・・あっ・・同じ右腕を・・出来れば長くギプスを巻けるくらい・・・」 既に身体が火照っているが、この暑さは顔に巻かれた包帯のせいじゃない。 「本当にいいのね、何ヶ月も利き手が不自由になるのよ」 「もう決めてきたことですから・・・お願いします」 「わかった。これから手首にある小さい骨を折るわね。ここは治るのに時間が掛かるから長い期間ギプスを巻けるわ、お医者さんに手術を勧められたら断るのよ」 「・・はい」 「それとリハビリとかスポーツの専門の所はギプスを巻きたがらないからいっちゃダメよ」 「・・・わかりました」 頭がぼーっとして返事は少し遅れてしまう。貴子さんは一旦離れたようだった、意識はますます混濁してくる。 ふと右手をやさしく掴まれ、次に何か硬く冷たい感触を親指の辺りに感じた。 何だろうと思った瞬間、手首を捻られた。 親指のつけ根辺りに鋭い痛みとも熱さともいえない不思議な感覚が走る。 「つっ!」 小さな痛みに声をあげると直ぐに顔の包帯が解かれた。 (これだけ?)特に強い痛みは感じなかった。 腫れてもいない手首に拍子抜けしていると、貴子さんが察したように声をかけて来た。 「ふふ、動かすと痛いわよ」 「・・・あっつっ・・痛?・・」 試しに手首を曲げてみると鋭い痛みが走る。 「サービスに太い方の骨にもヒビを入れておいたから後で腫れてくるわよ。由香里ちゃん残念だけど今日でお別れね」 貴子さんは悲しそうに言った。 皆に怪我の疑似体験をさせてくれるのに、本当の怪我を望むと悲しい顔をしてクラブからも遠ざける。 それでいて本当に骨折をさせてくれたりする。 どれだけ考えても私にはその心の内がわからなかった。 「わかってる、貴子さんありがとう・・・」 帰り際一度だけ声をかけた。 「もう会っちゃダメですか?」 貴子さんは返事をせず、悲しさの混じった微笑を浮かべただけだった。
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