白い高揚

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私は帰りの電車の中で、揺れるたびに手首に伝わるシクシクとした痛みを楽しんでいた。 家に帰ると早速インターネットで病院を調べる。 隣の駅には腕が良く評判のいい整形外科が2件ほどあったけど、どちらもリハビリやスポーツで有名なので私の希望とはマッチしない。 結局自宅マンションから歩いていける個人の整形外科に行くことにした。 (明日いよいよ・・堂々とギプスを巻ける・・) そう思うと気持ちが騒めいてしまい中々寝付けなかった。 私はベッドの中で時折右の手首を掴んだり捻ったりして痛みを確かめた。 (痛たた・・本当に折れちゃってる・・楽しみ) 危険な思考に支配されたままその夜は明けた。  日が昇り、いつもなら電車に乗っている頃。私はまだ自宅にいた。 丁度良い時間を見計らって会社に電話を入れる。 駅で転倒して怪我をしたので午後からの出勤になると言い訳をし、昨日調べた整形外科へ向かう為に家を出た。 着替えが困難になるのはわかっていたので、ボタンのないプルオーバータイプのシャツと前回の反省を踏まえて足元はスリッポンタイプのスニーカー。 いつも使う駅とは反対方向の集合団地の一角にその整形外科はあった。 ネットの情報ではとにかくどんな怪我でもギプスを巻けば良いという治療方針で、ちょっとした捻挫でも大げさな処置をされてしまうらしい。 口コミサイトのあまり評判は良くない。 けどそれこそが正にうってつけの所だった。 病院に着くと評判通りなのか患者は少なく、私はすぐにレントゲン室に通され余り待つことも無く診察室に呼ばれる。 初老の先生はレントゲンを私に見せながら淡々と説明を始めた。 「手首のここの所にある小さい骨ね、完全に折れてるね。あと手首のところの骨にもヒビが入ってるね。ギプスを巻くけどこの小さい骨は治りが悪いからけっこうかかるよ」 「どの位かかりますか?会社に報告しなければいけないので出来れば具体的に聞きたいのですが」 (ああ本当に骨折してしまったんだわ・・) 「そーだねー、経過にもよるけど早くても6週間、まあでも大体8週間はギプスは取れないよ」 「8週・・そんなに・・・」 (もう戻れない・・・) それだけ説明されると隣の処置室に通された。先生は早速ギプスを巻く準備を始めた。 見慣れた道具や材料を看護師がテキパキと準備している。 いざ処置が始まると肘上までストッキネットを被せられた。 手首の骨折なのにと不思議に思っていると、それを察したのか先生は再び淡々と説明を始めた。 「ここの小さい骨は手首を回したりすると治りが悪くなるからね。最初の2週間は肘上までのギプスを巻くからね」 「えっそんなに大げさなんですか?」 ワザとらしく驚いた振りをすると、先生は仕方ないから我慢するようにと言いながら手際よく処置をすすめる。 ギプスの巻き方は貴子さんの巻き方とさほど変わりはない。 違いと言えば骨折部位の関係で、親指を曲げられないようにギプスを巻かれたので不自由さには拍車がかかっていた。 でもそれが私には嬉しくてたまらなかった。 (8週間!しかも2週間は肘の上まで) (2ヶ月もギプスを巻いていられるなんて凄い) 嬉しくて顔が緩むのを必死にこらえ胸の内を悟られないように下を向いた。 助手の看護師さんにはその動作が余程痛そうに見えたらしく、三角巾で私の腕を吊るときに優しく声をかけてくれた。 「利き手が使えなくて不便でしょうけど、頑張ってね」 その心配そうな表情と響きは私の背徳心を疼かせた。 診断結果は診察結果は右手首舟状骨完全骨折・右橈骨遠位端不完全骨折というものになった。
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