〈起〉揺籃

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 (つゆ)()さんと同じ(クラス)のひなげしさんはうつむき憂うあのひとを見る度に胸がざわめいたものです。色白の(つゆ)()さんの肌が未だ青白く見えるのは体調が優れないせいかと思われますが、なにやら自分の手ではとても拭いきれないほどの不安や恐怖を(かか)えているように感じたのです。いっそう細くなった両の手の指先を(こす)り合わせる仕草からもよく分かります。また時に爪で引っ掻いてしまうようで白い肌に走りだす赤い血の線。  教室へ入り、自分の席に着かれた(つゆ)()さんは先生が授業を始めても物思いにふけっている様子で視線を落としたり遠くを見たりしています。ひなげしさんには、このときの(つゆ)()さんが彼女のお屋敷の(ほう)を見つめている……そんな気がしていました。  ひなげしさんはふいに空気が揺れを感じました。隣の席は(つゆ)()さんです。どうしたのでしょうと何気なく()を向けますと――。  (つゆ)()さんが足を組み、机の上で頬杖をついておりましてひなげしさんの喉が驚きのあまり引き()ります。ああ、なんてこと! まるで野蛮人のような振る舞い! 思わずひなげしさんの口からか細くも鋭い声が飛び出します。 「(つゆ)()さん……?」  その囁き声に――(つゆ)()さんは当初、自分に向けられたものではないと思っていたようでした――ほんのわずかな()がそれはそれは長く思え、(つゆ)()さんがひなげしさんの(かお)を見返し(まばた)きをします。目元に影が落ちて二人の目が合ったのち、ようやく(つゆ)()さんは気がついたようでした。 「ひなげしさん、なぁに?」  ゆったりとした(つゆ)()さんの(かす)(ごえ)。微笑は何も変わりません。けれども今の(つゆ)()さんの振る舞いは、(じっ)(かん)()(てい)のお嬢さんだとは到底思えないもの。 「その………()したほうがいいと思うの……」  ひなげしさんには、こう言うことしかできませんでした。遠慮して首をすくめるひなげしさんに(つゆ)()さんが(かお)を右にかたむけます。むらさきのりぼんで結った()と同じ色の髪が揺れて流れて……けれども。  だって(つゆ)()さん、まるで人が変わってしまったかのようなのです。
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