〈起〉揺籃

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 女学校で年上上級の生徒と下級生が〈親しく特別な関係〉になるというのは珍しくはありません。  この大正の世に女学校へ通える少女(おとめ)というのは裕福な生まれで、教養のある(かた)ばかり。家柄も勉学も、それからお裁縫の技術だって兼ね備えておかなければならないのです。なにせ卒業すれば立派な家へ嫁いでいく身なのですから。もちろん男のひととの交遊など御法度。だけれど、少女(おとめ)にも眩しい(しょう)(けい)があり、胸をときめかせることもあります。  たとえば、ある女生徒が入学式で新入生を見初め――「ああ、なんて可愛いひと」と――心を寄せます。一人では不安ですから、ご連中(お友達)にお願いして仲を取り持ってもらうのです。そう、ひなげしさんと(はな)()さんも同じくして……  (はな)()さんは考えておりました。(つゆ)()さんには、そういった(かた)はいないのかしら? と。親しくてお互いを特別だと認め合ったひと。学校を出るまでの泡沫(うたかた)の関係……  けれども、あの美しいひとのことです。ほかの(かた)に心を寄せられたことなど今までも何度だってあったでしょう。きっと(つゆ)()さんが惹かれなかったに違いありません。それに〈お姉様〉が女学生を卒業してしまえば途端に絶えるこの関係を思うと一人残された(つゆ)()さんが――あるいは去っていく身だとしても――不憫でなりません。  兄さまを亡くされた美しく可哀想な(つゆ)()さんは孤高のひと。  どなたかのお嫁に行くまでは兄さまを思うだけでめいっぱいなのだと(はな)()さんは思い直しました。  野暮なことを考えるのは()さなければ……(つゆ)()さんの胸はいっそうひび割れてしまう。またできることなら健康になって学校に来てもらいたいと願うのは(はな)()さんだけではないのですから。  そう(はな)()さんが心に決めた日から三日が経った頃、ふたたび(つゆ)()さんが学校へやって来ました。ですが、体はほっそりと骨ばっていて、まだ声も(かす)れたままです。  聞くところによると、(つゆ)()さんは「もう()()()()かもしれない……」とおっしゃっているようです。 〔注〕 ご連中……女学生の友人にして取り巻き
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