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2.快適さとは程遠く
悶々とした状態で、何も羽織らずソファに突っ伏しているうちに眠ってしまったらしい。
肌寒さに目覚めると、パティスは小さなくしゃみをした。
その気配に、そばで眠っていた愛犬が指先に湿った鼻を押し付けてくる。
「ナスター……?」
寝起きだからだろうか。少し頭がぼんやりしている。
愛犬の名を呼びながら、寒さにその体温を感じ取ろうと手を伸ばしてから、パティスは一人苦笑した。
茶色の毛に、赤い首輪がよく映えるこの愛犬は、実はブレイズの創り出した使い魔だ。
パティスが羊皮紙を折紙の要領で犬の形にしたものへ、ブレイズが息を吹き掛けて動けるようにした。元の素材が紙なため、ナスターに触れても温もりを感じることは出来ない。そのことを失念していたわけではないのだけれど。
「私ってば変ね」
照れ隠しにそうつぶやいてから、ナスターの頭を優しく撫でる。
長い間慣れ親しんできたはずの無機質の冷たさが、今日はやけに寒く感じられた。
小さく身震いすると、パティスは見るとはなしに部屋の中を見渡す。
ブレイズの住まいであるこの城は、壁はもちろん、床だって石造りだ。
この屋敷は外から見ると、ロマネスク調の城の様相を呈している。形もさることながら、素材もそんな感じなので、パッと見、要塞かと見紛うほどだ。
見た目だけでなく、ブレイズの外敵――主に吸血鬼である城主を目の敵にしている町の人たち――から身を守るために張られた強固な結界に囲まれているので、実際この城は彼にとって、砦同然だと言えた。
そんな感じなので、電気やガス、それから水道なんて便利なものは一切通っていない。
明かりといえば、四角くくり貫かれた小さな穴から差し込むわずかばかりの月光と、燭台に灯る蝋燭の炎だけ。
燃料はブレイズがどこかから調達してくる薪が主で、水は庭に掘られた井戸から汲み上げていると言った有様だ。
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