パラレルワールド

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パラレルワールド

 真田は、パラレルワールドのオフ会に向かっていた。カラオケルームらしいが、カラオケも歌うのか。そんなところで話ができるとは思えないが。と思いつつ、指示のあったカラオケ店に入った。エントランス脇には、コスプレの衣装や、マラカスなどの盛り上げるための楽器が置かれている。最近のカラオケはこんなものも置いてるのか。   受付カウンターで村島の名前を伝えると、店員が部屋番号を教えてくれた。ドアの開閉で他の部屋から漏れ聴こえる騒音に近い耳障りな音を聴きながら、足早に部屋を探した。迷路のような廊下を進み、目的の部屋の前に着いた。すりガラスの窓越しに人の動きが見えた。  ここだ。一息置き、ドアを開けた瞬間、真田は先に入っていたメンバーの視線を一斉に受けた。想定通りの場違い感を受け入れつつ、中へ歩を進めた。その中の中肉中背の眼の大きな男性が、一番奥の席から立ち上がった。  「真田さん…ですね。初めまして、村島です。お待ちしておりました。今日はよろしくお願いします。どうぞ、空いている席におかけください。」 「こちらこそ。よろしくお願いします。」  真田は、奥まで見透かされそうな村島の眼力から、思わず視線をそらし、伏せ気味に軽くお辞儀をして入口に近い席に腰を降ろした。テーブルに無造作に並べられた持ち寄ったお菓子や飲み物はすでに封が開けられ、談笑していた様子だった。  メンバーを見渡すと、歳は二十歳くらいから三十歳代後半といったところか。村島を含め、リュックにチェックのシャツ、いかにもオタク的なわかりやすいビジュアルが3名もいた。スーツの男性が1名、ひと昔のアイドルのような、裾がフリルのピンクのワンピースの女性が1名。スーツさえも、コスプレに見えてきた。自分は白の綿シャツにベージュの長め丈のジャケット。  やっぱ浮いてるな…  村島が立ち上がった。 「えー今、真田さん含めて6人ですが、あともう一人女性の方がくる予定です。時間もきてますし、真田さんの注文した飲み物が来たら始めましょうか。」  村島は大きな目をもっと大きくし、真田の方に身体を向けて、この会の趣旨について説明を始めた。 「この会は、今回で10回目なんです。世の中にはパラレルワールドのような不思議な体験や、物理、化学的に証明できないことがたくさんあります。そんな体験や情報などをメンバーで共有できればいいと思っています。現在登録メンバーは30人ほどおりますが、遠方の方からの参加はなかなかできないので、今後は、地方でも開催できたらと思っております。では、飲み物も来ましたので、自己紹介がてら、最近の情報、体験など話していきましょうか。あ、みなさん、座ったままでいいですので。」  各々、順番にデジャブや、ドッペルゲンガーなど、ある人は幼少時に前世の記憶があったと、親から聞いていた事などを話していった。 真田の順番が来た時に、遅れていた最後の女性が入ってきた。 「すみません。遅れて。あら、新入りさん?」  と言いながら真田の隣に座り、長い脚を斜めに揃えた。 「あ、どうも真田と言います。」  真田は女性の方に身体をよじり、挨拶をした。柄になく緊張して、顔が火照ったように感じた。この女性の方が、ひときわ浮いている。というか、美しい。と真田は思った。 「黒川景湖(けいこ)です。真田さんってなんかここには珍しいタイプね。あ、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃったわね。」  黒川は、肩までかかる黒髪に赤い口紅が目を引くが、派手というより、知的な印象である。   村島は進行を進めた。 「これで、全員揃いましたね。では真田さんの自己紹介と行きましょうか。」  真田は、周りの何とも言えない、妙な視線を感じつつ話を始めた。 「えー、こういう会は苦手なもので、手短に話させてもらいます。自分自身の体験は何もないです。でも何故ここへ来たかというと、十七年前に、行方が分からなくなった友人の手帳が、最近になって見つかったんだが、そこに『パラレルワールド』という言葉が書かれていたんだ。そこで、行方不明との関係が何かあるのか、または、何もないのかという調査の一環としてここに参加させてもらった。手帳には、もう一人の自分がいることも書いてあった。ドッペルゲンガーという現象になるが、今まで自分自身は体験したことはないし、いろいろ調べていたら、この会に辿り着いたんだ。ここで少しでも本人の気持ちに近づけば、何か手掛かりになるヒントがあるかと思ったんだ。実際にあなた方は体験しているし、確かに理屈では説明できない事は多くあることも理解はしている。それでも、まだ雲をつかむような話ばかりで。」  メンバーは皆、物音も立てずに、新入りの真田の話に聞き入っていた。  黒川が口を開いた 「ということは、真田さんは、その友人さんが、どこか、異世界へ行った可能性があるかもと思っているわけね。それで、その考えが合っているかどうか、確認するために参加した、ということ?」 「まぁ、なかなか信じられるものではないから、ありえないと思っている事を肯定する目的で参加したという方がしっくりくるかな。少しでも、核心に近づくためには、いろんな情報から、外せるものは消去して整理していかないと、と思ってね。でも、その目的は果たせなかったね。信じるわけでもないが、消去するにも、否定する材料が弱い。」  村島は、話を入れた。 「僕たちもはっきりと、信じます、とは断言できないです。ただ、いろんな不思議体験は科学や物理では説明できないですし、この体験を他人に話をすると、ほとんどの人には分かってもらえません。SNSへ投稿しても、中傷コメントが多くて、真剣に悩んでいる人もいます。ここで話をすると、みんな真剣に聞いてくれます。この会はそういう気持ちを癒す意味もあるのです。」 「なるほどね、そうか。自分も中傷なんてものはしないが、避けてはいたね。ここは実際に体験した人にとっては、救いの場所なんだね。」  村島と真田の言葉に、他のメンバーの中には、涙ぐむ人もいた。  「しんみりしちゃいましたね。最後に黒川さん、お願いします。」 「名前はもう、言っちゃったしいいわね。私は東華大学で、人文学部の西洋史を専攻しています。なぜ私がここにいるか。私も、もう一人も私が良く現れるんです。小さい時から、さっき来たじゃない、おかしな子と、よく言われたわ。自分は、やっぱり、おかしいんじゃないかと思ったけど、最近こういう現象が、私だけに起きているんるんじゃないと分かって、ここに参加させてもらっているの。それから、自分なりに、いろいろ勉強したわ。」 「その勉強したこと、少し聞かせてほしいな。自分では、なかなか難しくて。」  黒川は真田の要望に快く応じた。 「それじゃ、新入りさんのための多元宇宙講座といきましょうか。」 「あ、ありがとう。」  真田は、黒川の気前の良さに、良い印象を持った。 「では。普通、多元宇宙の存在なんて、ほんとにあるなんて誰も思わないでしょ。でもね、科学や物理で説こうとしている専門家もたくさんいるの。真田さん、ビッグバンって聞いたことある?」 「ああ、宇宙の始まりっていうやつだろ。」 「そう、でもね、一つの説として、そのビッグバンが一つではなく、無数に起きて、いくつも宇宙がある。そのそれぞれの宇宙が急激な膨張を始めて、やがて数え切れないほどの星が誕生し、地球とそっくりな星もあってもおかしくないというのね。ビッグバンが起きる前は無の空間。ま、無だから、空間というのも変だけどね。だから時間の定義も無ければ、距離の定義もない。ビッグバン以後に時間は前向きに進み、物体の存在が出現したことで、私たちの定義では測りしれない数の秩序の世界があるのよ。」 「宇宙秩序って、原理というか、成り立ちの基本みたいなもの?」 「そうね、すべてが、解明できているわけではないけど、自分たちが存在するこの宇宙は、原子から、銀河系まで、とてつもなくバランスの取れた秩序で成り立っているの。それぞれの宇宙には、それぞれの秩序が存在しているから、自分たちがいるこの宇宙の秩序が通用しない宇宙があることも考えられているわ。」 「なんか、分かるような気もするが、宇宙秩序自体が、よくわからないな。」 「みんな、そうよ。あと、一つの宇宙から、枝分かれして、別の宇宙が誕生する説もあるわね。何かの歪みで、違う世界に行ってしまったり、ふと違う世界の人が現れたりするというドッペルゲンガーのような現象も昔から言われてるでしょ。もちろん、いろんな論者がいて、たくさんの説はあるけどね。」 「頭の良い人がいるもんだな。」 「神の世界を解こうとするようなもんだものね。要するに、実際に説明できない現象を体験している人がたくさんいて、ただの作り話やミステリーではなく、本気でそれぞれ自分たちの研究に基づいて、成果を共有したり、論議できることが、研究者のエネルギーにもなっているの。まぁ、解明されちゃうとつまらなくなっちゃうしね。この研究課程が、私たちには高度な天才的な論理で到底理解はできないけど、ミステリー感を益々助長するのよ。この宇宙の基準で物を唱えても何も解明はできないわ。もしかしたら、別の宇宙で、多元宇宙の解明できているかもしれないわよ。説明、違っているかもしれないけど、以上、終わり。」 「すごいねぇ、ネットの情報でも読み切れなかったから、勉強になったよ。」  真田は、この美しい黒川景湖が流暢に話している姿を見て、益々身体を熱くした。  オフ会が終わり、外へ出た。陽ざしの眩しさと、行き交う車の騒音、人込みの雑踏に紛れながら、今いたところが夢のように『パラレルワールド』という言葉が、ずいぶん過去のように遠のいた。  やっぱ、違うよなぁ…。自分、何してんだろう…。
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