砂の男

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 仕事内容は、報道記者が寝ている間に起こる刑事事件の電話を書き留めたり、送られてくるFAXを処理して各報道機関に回したりするだけの単調なものだった。退屈で嫌という同僚もいるが、隙間時間にYouTubeを観られるので僕は好きだった。家で観るのと何も変わらないはずだが、事件発生という自分ではどうすることもできない”何か”が起こる可能性が頭の中にちらつく、どこか緊張感があるから良いのだ。  家では、何も起こらない。何も起こらないから、何だってできるはずなのに、その「何だってできる」が逆に重くなっていった。”何だってできる”を望んで都会に出てきたのだ。”自由の刑に処されている”とサルトルが言うこの状態を、自分は客体化して受け入れつつあったが、ラベリングをして心を落ち着かせる処世術を都合のいいように使う自分には、とうに飽きていた。
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