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「例えばさ、大洋に『親父のゲームのせいで部屋が狭いんだよ』って文句を言われるんなら、それは確かに俺も悪かったなって素直に思うよ。だってあいつは生まれた時からもう俺のゲームが家の中を占拠しちゃってるからさ。
嫁さんの場合は、話し合ってお互いに合意した上で俺のゲームを部屋に置かせてもらってるわけだけど、大洋の場合、あいつとは別に話し合いで合意してるわけじゃないからね。
だからあいつには俺のゲームに対して文句を言う権利がある」
「まあ、確かに課長の息子さんにとっては、課長と奥さんが結婚する時の約束なんて関係ないですもんね」
「そうなんだよ。でも、もし大洋がそう文句を言ってきたとしても、俺は『それならお前も自分の趣味を自由にやれ、俺は一切邪魔をしないから』って言い返すんだけどね。
大洋の趣味に俺は一つも文句を言わないから、俺の趣味のゲーム集めにもお前は文句言うなと。それが香田家のルールだと」
「ちなみに、それじゃあ奥さんの趣味は何なんですか?」
舘くんのその質問に、香田課長は「その質問待ってました!」とばかりにパンと小気味良く手を叩くと、舘くんを指差してニヤリと得意げに笑って言った。
「そう!舘くんそれだよ!ありがとう舘くん。よくぞ言ってくれた!」
そして酔っぱらった香田課長は機嫌よく右手を差し出してくるので、舘くんも理由はよく分からないけど、とにかく手を出して固い握手を交わした。
「そうなの。この話は別に、俺だけが一方的に得してるわけでも何でもないの。
俺は自分のレトロゲーム集めの趣味を止めないけど、その代わり、俺も嫁さんの趣味には一切口出しはしない、ってことも一緒に宣言してんだよ俺は」
「そうなんですか?」
「そうなの。フェアなの俺は。いつでも嫁さんと対等なの」
そう言って香田課長は「いやぁ舘くん、君はいい奴だ」と真っ赤な顔で無邪気に笑った。舘くんは悪い気持ちはしなかった。四十にもなって子供みたいな笑顔をする人だ。
「正直さ、我が家の家計のことを考えたらさ、嫁さんの趣味なんて無駄だらけだし、心底止めてほしいんだよ俺は。でも、それ言ったらフェアじゃないじゃん?
俺の趣味に口出しするなって嫁さんに言っときながら、嫁さんの趣味に俺が口出ししちゃったらダメでしょ?
まあ、付き合ってる時の金の使い方を見てりゃさ、この女性はそこまで無駄遣いする人じゃないな、ってのはまぁ何となく分かるじゃん。だからさ、俺はお前の金銭感覚を信じるから一切口出しはしないけど、趣味は家計に響かない程度にしてくれよ、とだけ嫁さんに言って、あとは嫁さんに全部任せてる」
「え⁉そうなんすか⁉」
「そうだよ。俺、嫁さんが自分の趣味にいくら使ってるのか、一切知らないよ」
「えー。それじゃ、課長はちゃんと夫婦のルール守ってるのに、そんな一方的に奥さんにルールを破られたら、それホント、ただの課長のゲーム売られ損っすね」
舘くんと話しているうちに怒りが発散されて気分がスッキリしてきたのか、香田課長は「だろ?分かるだろ、どうして俺が怒ってんのか」と得意げに言って笑顔を浮かべた。
「ちなみに、奥さんのご趣味ってのは何なんですか?」
「あー。ブランド物のバッグ。一個十万とか平気でするやつ。しょっちゅうポンポン買い換えてるみたいだわ」
「へー。でも、そんな一個十万とかするカバンと比べたら、ゲームソフトなんて全然安いもんじゃないすか」
「そうなんだよ!そこがまた腹立つんだよ!」
香田課長は、さっきから舘くんが自分の不満に思っていることを的確に指摘してくれるので、すっかり話の勢いに乗っていた。同じオタク気質を持つ者同士、ジャンルは違えどどこか通じ合うものがあるのだろうか。
「俺のゲームソフトなんてさ、趣味としちゃホントかわいいもんだぜ。さっき言ってた一本二万とか五万とかするようなソフトなんてのは極端な例でさ。そりゃ激レアなソフトだったらそれくらいするのもあるけど、そんなのは全体の中のごくごく一部で、大部分はせいぜい一本千円とか二千円とかだし、百円とか二百円で買ったジャンクだってかなりある。そんなの、大人の趣味の世界じゃ、かなり安上がりな部類だろ?」
「ですよねー。カメラとか車とか、そっち行きだすと大変ですよね」
「そうそう!あと時計とかね。普通さ、大人の趣味なんて、もっと金かかるもんなんだよ。だいたい俺タバコ吸わないし、ギャンブルもやらないし、キャバクラとか風俗も行かないし、すげえ立派じゃん俺。家計に優しいダンナじゃん俺」
「お前のカバン一個で俺の中古ゲーム何本買えるんだ、って話ですよね」
「そうなんだよ。時々俺さ、嫁さんのカバンの値段を検索してみるんだけどさ、ホントぞっとするぜ?十万とか二十万とか。バカじゃねえの?ってなるよ。なんでこんな革とか塩ビとかの塊にこんな値段つくの?ボロい商売だよなーって心底思うもん」
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