一.香田 かすみが訪れたレトロゲーム店の店主 植木 浩馬

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一.香田 かすみが訪れたレトロゲーム店の店主 植木 浩馬

 その場違いな客は、店の出口から強引に中に入ってきた。  秋葉原の古い雑居ビルの一角にある中古ゲームソフトの店、「レトロゲーム ダンジョン」の店内はとても狭い。  ただでさえ狭い敷地内に、中古のゲームソフトが隙間なく並べられた棚を限界まで押し込んであるので、棚と棚の間の通路は、すれ違うのもやっとくらいの幅しかない。  苦肉の策として、店長の植木浩馬は、二つある店の出入り口を入口専用と出口専用に振り分けて、客の流れが自然と一方通行になるような通路配置にしていた。窮屈そうに移動する客たちがぶつかり合ってしまうことを、少しでも避けるための工夫だった。  「レトロゲーム ダンジョン」にやってくるのは、何年もこの店に足繁く通い続けている常連客がほとんどだ。  当然、常連客たちはこの一方通行のルールを熟知しているし、狭い店内で他の客に迷惑をかけないよう、誰かに言われるでもなくお互いに譲りあい、体や荷物がぶつかり合ったりしないよう、立ち居振る舞いに細心の注意を払っている。この店に来る客は、誰もがこの素晴らしい「レトロゲームの聖地」を愛していて、この素敵な空間を乱すようなマナーの悪い行動は厳に慎むようにしているのだ。  しかしその客の女性は、そういった店のルールを知らず、出入り口に大きく書かれている入口と出口の表示も全然目に入らなかったらしい。他の客たちを強引にかき分けながら、除雪車のようにぐいぐいと力強く出口から中の方に逆行してくる。  くたびれたネルシャツを着てディパックを肩にかけた、人付き合いの苦手そうな青年客が、これだから素人は困るといった顔をして不機嫌そうにその女性客を睨みつけ、軽く舌打ちをした。 「お客さん。すみませんね。そっち出口なんですよ。一旦外に出て、もう一度入口のほうから入り直してくれませんか?」  店長の植木はカウンターから身を乗り出して、その迷惑な女性客に呼びかけた。しかし女性は、まさか植木が自分に呼びかけているなどとは全く思っていないのか、相変わらずわき目もふらず他の客を押しのけて無理矢理に前に進もうとしている。 「お客さん!そこの女性のあなた!こっち出口ですって!入り口はあっち!」  それでようやく、その迷惑な女性客は植木の声に気付いた。  そして大げさに「自分は間違えちゃったのね、でも全然知らなかったの、悪気はないのよ」といった感じの芝居がかった仕草をすると、申し訳なさそうに周囲に何度もペコペコと頭を下げながら出口の方に戻っていった。  「レトロゲーム ダンジョン」は、昭和の時代に発売された、懐かしの家庭用テレビゲームソフトを取り扱う中古販売店だ。  古いブリキのおもちゃに信じられないほどのプレミアがつき、今やそれ専門の博物館が作られてしまうほどのコレクターズアイテムになっているのと同じように、テレビゲームの世界でも、古いゲーム機の本体やソフトは「レトロゲーム」として一つのコレクション対象になり始めている。現存本数の少ない珍しいゲームソフトでは、数万円の値がつくものも珍しくない。  そんな、古いテレビゲームをコレクションする趣味の世界で、「レトロゲーム ダンジョン」は、その道のマニアの間で「聖地」として尊敬を集める店だった。この店の値付け判断の確かさと、この店でしか手に入らないような貴重な商品も含めたバリエーション豊かな品揃えを頼りに、地方からわざわざ秋葉原までやってくる熱烈な常連客も多い。今日も狭い店内は、同じ志を持つ熱心なマニア客たちで混雑していた。 「あの……。これ、買い取って頂きたいんですけど」
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