二.香田 かすみの夫、香田 彰の部下、舘 聖志

2/7
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
「お前もオタクだったらきっと理解してくれると思うんだけどさ。舘くんは、自分が集めた趣味のグッズとかさ、親に勝手に捨てられたらどうする?」 「……へ?」 「お前もなんか集めてたりすんだろ?同人誌とかそんなやつ。俺はよく知らんけど」 「はあ……。まあ、確かにもし、俺が集めたアニメのグッズを親に勝手に捨てられたら、そりゃブチ切れますね。親子の縁切ります」 「だよなぁ!ブチ切れて縁切るよなぁ!」  そう言って香田課長は、両肘をついて拳でドンとテーブルを叩きながら大声を張り上げた。舘くんが驚いた顔で固まっていると、香田課長はその様子を見て初めて気付いたように言った。 「……あれ?お前まだ知らなかったっけ?俺がゲームオタなの」 「え?そうなんですか?聞いてなかったです」 「ああそうか。社内じゃもう結構有名になっちゃってんだけど、俺ゲーマーなのよ」 「へー。月に何万とか課金しちゃってんですか?」  舘くんのその言葉に、香田課長は思わず声を出して笑った。こういうとこがやっぱり現代っ子だなと思う。 「違うよ。俺が好きなのは昔のゲーム。ファミコンとかそこいらへんの、今から三十年くらい前の古いゲームを集めてんの」 「そうなんですか⁉へー、課長もゲームなんてやるんですね」  舘くんにしてみたら、毎日スーツを着てネクタイを締めて、何やら厳しそうな顔で仕事をしていて、時には自分を叱ることもある四十歳の上司がテレビゲームをやっているというだけで、何だか見てはいけない秘密を見てしまったような気持ちになる。でも、香田課長は少しも恥ずかしがる様子もなく、実に平然としている。 「俺らの世代はゲーマー普通にゴロゴロいるよ。ファミコンが大ブームだった時代にちょうど小学生くらいだった世代だからさ。  俺らのもう一個上の世代でもインベーダーゲームの大流行とかはあったんだけど、あれはゲームセンターに行って、一プレイごとにお金払わないとできないやつだからね。小さい子供が家で毎日のようにテレビゲームをやるようになった最初の世代が、七十年代の終わり頃に生まれた俺らなんよ。  当時はゲームのやり過ぎで頭が悪くなるとか目が悪くなるとか、子供が外で遊ばなくなってひ弱な体になるとか、テレビゲームなんてもう完全に悪者扱いでさ。親からは目の敵のように叩かれててなぁ。  でももう今や、そんな俺たちが親の世代になっちゃったからね。ゲームに対する偏見とかバッシングとか、その頃と比べたらずっとマシになったよ実際」 「へー。そうなんですか」  そして香田課長は舘くんに、最初に家にあったゲーム機は何だったかと尋ね、それで舘くんがプレステ2でしたと答えると、「うわぁ~若い!」と言って手を叩いて笑った。  ――なんだ、この課長、理解ありそうだな。  いつもの癖で、オタクだと知られた途端に迫害されるんじゃないかと身構えた自分がバカだった、と舘くんはホッと一息ついた。課長が今日いきなり一緒に飲もうと言い出したのも、どうやら自分に注意をするためじゃなくて、本当に飲みたかっただけのようだ。 「で、それでその、課長がゲーム集めてるって、どんな風なんですか?」 「どんな風って何……本数のこと? 本数ならそうだなぁ……二千本ちょっと?」 「ええっ⁉そんなに持ってるんですか⁉」 「ああ、勘違いしないでほしいけど、ファミコンだけじゃなくて全部足した数ね。第三世代の初代プレステとセガサターンと64までが俺の守備範囲だから。  スーファミ、PCエンジン、メガドラとかも全部足して二千本だよ? まあその中の本数でいったら確かにファミコンが一番多いけどさ、ファミコンだけだったら七百本もいってないんじゃないかな。全然だよ全然」 「ええっ⁉いや全然だなんて、そんなこと無いっすよ!二千本ってそれ、めっちゃガチのコレクションじゃないですか。凄すぎですよ課長!」  舘くんは最初、ゲームオタとか自分で言っちゃってるけど、どうせ大したオタクじゃないんだろう?と内心たかをくくっていた。それが、予想に反して自分の上司がかなり筋金入りの本格的なコレクターだったため、完全に意表を突かれて茫然とした。  でも、舘くん自身もアニメのオタクであり、似たようなオタク的コレクター精神を持っているので、それで課長に対して嫌悪感が生まれることは全く無かった。むしろ、今まではただの、会社にいる間に表面上のお付き合いするだけの人としか思っていなかった香田課長に対して、この人は自分の仲間だという好感を抱いた。  グッと親近感を覚えた上司に対して、ジャンルは違えど同じオタク精神の持ち主として、ゴマすりではなく心から舘くんは香田課長のゲームソフトコレクションを褒めちぎり、もっと詳しい話を聞きたいと催促した。  そこから始まった香田課長のファミコントークは、レトロゲームに対する彼の深い愛が自然とにじみ出てくるもので、舘くんは「深いッ!深いなぁ課長」と大笑いを繰り返して何度も膝を叩いた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!