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楽しいオタク話がひと段落したところで、舘くんはふと最初の話を思い出して香田課長に尋ねた。
「……そういえば課長、盛り上がりすぎて途中からすっかり忘れてましたけど、最初に言ってた、集めたグッズを捨てられたらどうするって話、あれは何だったんですか?」
「あ、あれな。そうだよ。そうなんだよ舘。ひでえ話なんだよ!」
すでに中ジョッキ二杯にハイボールが三杯目。酔いが回ってきた香田課長はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、今日彼を飲みに誘った理由についてベラベラと語り始めた。
「いやさ!昨日分かったことなんだけどさ!うちの嫁さんがさ、俺のコレクションの一部をこっそり売っちまってたんだよ!」
「えっ……⁉」
「ひでえだろ?最低だろ?」
「え……どうしてそんな……?」
「知らねえよ。前々から嫁さんは俺のコレクションのこと良く思ってなくてさ、それで今までも何度もケンカしてるからな。何かの腹いせかねぇ。でもそれってひどくね?」
「ひどいですね!最低です!」
「それで昨日嫁さんと大ゲンカしたんだけど、いまだに腹わたが煮えくり返っててなぁ。なんか今日はもう仕事する気も起きないし、家帰って嫁さんの顔を見ながら夕飯食うのも嫌だし、とにかく飲まなきゃやってられなくてさ。それで誘ったの今日」
普段、上司の言葉に調子よく相槌を打って合わせるのは、ゴマすりみたいであまり気分のいいものではない。でもこの話に関しては、舘くんは心の底から香田課長に同情し奥さんに対して怒りを覚えたので、舘くんは無意識のうちにとてもいい調子の相槌を打った。そして彼の口調は、自然と香田課長を焚きつけるような感じになった。
「……人として、こんなの絶対やっちゃいけない事だと思うんだよそれ。あいつは越えちゃいけない線を越えたんだ」
「そうですね。下手したら犯罪じゃないですかそんなの」
「いくら夫婦だからってさ、やっていいことと悪いことがあるよな」
「そうですよ。もうそれ、人権侵害で訴えてもいいレベルですよ」
舘くんの過激な言葉に香田課長もつい乗せられて「訴えるか?そうだな!」と酔いに任せて冗談っぽく言った。舘くんは半分冗談だが半分は本気で「そうですよ!たとえ夫婦とはいっても、これは訴えるべき案件ですよ!」と香田課長を煽った。
と、そこで舘くんが素朴な疑問を口にした。
「ちなみに、それ売った金額って、結局いくら位になったんですか?」
「え?三万円だよ。三万円」
「うそぉ⁉」
「嫁さんさ、よりによって、特に状態が良くてレアなやつばっか選んで売りやがったんだわ。どうでもいい『箱なし品』ならよかったのに……」
「それにしても、ファミコンって今そんな高く売れるんですね……」
香田課長はそこで、舘くんが完全に勘違いしていることに気が付いた。
「いやいやいや!逆だよ逆。三万円なんて安すぎだよ!」
「え⁉……そうなんですか?」
「俺の見立てだと、あれ三万なんかじゃ全然済まないって。だって八十本くらいはあったっていうし、あの内容だったらまず十万は堅いって」
「十万⁉うそぉ⁉」
「嘘じゃないって。ちょっと待ってね、今見せてやるから」
そう言って香田課長は自分のスマホを取り出した。スマホの待ち受け画面に、真っ黒なラブラドール・レトリバーの写真が見えた。香田課長の家の飼い犬だろうか。
「それ課長の家の犬っすか?かわいいですね」
「ジョンね。今年で四歳だけど、もう今じゃ、コイツだけが家の中で俺の相談相手だわ」
「へー」
飼い犬のジョンについて愛おしそうにあれこれ語りながら、香田課長はスマホをいじって何やら検索していたが、検索結果が出るとスマホの画面を舘くんの方に向けて見せた。
「ホラ見てみ。オークションでもこんな値段付いてるでしょ?」
香田課長が見せたスマホには、オークションサイトですでに三万円の値がついて、まだ残り時間が二日も残っている「バトルフォーミュラ」という古いファミコンソフトの入札画面が表示されていた。
「あいつが何も知らないで売りやがった八十本の中にさ、ちゃんとした人に見せれば、平気でこれくらいの値が付くやつが入ってたんだよ。この他にも、一本一万くらいは付いても全然おかしくないようなやつだって何本もあったんだから。そういうレアなのも全部ひっくるめて八十本だからね。十万なんて軽く越えるんだよ」
「……それで、奥さん一体、どこに売られたんですかそのソフト」
「そう!そうそう! それがな、そこがまた腹立つとこなんだけどさ。『ブックセカンド』で売りやがったんだアイツ。価値も何も知らねえでさ!」
「うわあ……『ブックセカンド』っすか……」
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