二.香田 かすみの夫、香田 彰の部下、舘 聖志

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 舘くんは絶句した。舘くんはレトロゲームについてはほとんど何も知らないが、『ブックセカンド』がどういう店かは知っている。  古本だけでなくゲームソフトやCD・DVDの中古買い取りも行っている全国チェーンの古本屋で、知識のないアルバイトの店員でも一定の対応ができるように、端末に表示される綿密なマニュアルに沿って買い取り金額の査定を行うシステムになっている。そのため、査定が手早く機械的なことで有名な店だった。最近では業態を広げて、ブランド物のバッグや時計、家具やゴルフクラブなどの買い取りも手広く行っている。 「『ブックセカンド』なんかに売ったらさ、そりゃ店員は当然、希少価値も何も分からないど素人のバイトなわけでさ。それで完全に普通の中古ソフトと同じ扱いにされちゃって、査定三万よ」 「三万円でも、何も知らない人だったら、信じられないほど高く売れたって思っちゃいますもんね」 「まあ、普通の人の感覚からしたらそうだろうね」 「もう今からキャンセルして取り戻せたりはしないんですか?」 「たぶん無理じゃないかな。全国チェーンだし、ルールでガチガチに縛られてんだろ」 「はあー。それは悲しいなぁ……」  ジャンルは違えど同じオタクとして、舘くんは上司の身に起こった災難に心から同情した。そして、こんな酷いことを平気でやってしまうような人もいるんだな、俺はそんな女の人とは絶対に結婚しないようにしよう、と決意を新たにした。  やっぱり、結婚しても自分の趣味はあきらめたくない。  絶対に結婚相手は、お互いの趣味を尊重しあえる人を選ぼう。  ――それにしても、どうして香田課長の奥さんは、他人に胸が裂けるほど悲しい思いをさせる、こんな極悪非道な行為を平然とできてしまうのだろうか。人としてどうかしている。奥さんは一体どういう頭の構造をしているのだろうか。  舘くんは、サイコパスの心理状態を鑑定する精神科医のような興味から、香田課長に奥さんのことについて尋ねた。 「ちなみに、香田課長の奥さんって昔からそんな感じだったんですか?」 「……え? いや、そんな、勝手に他人の物を売っちゃうなんてのは、今回がさすがに初めてよ。だいたい、結婚して今年で十八年目だけど、今まではずっとうまく行ってたんだ。それがなぜか、ここ一年くらいで急にカリカリしはじめてさ」 「何があったんでしょうね?」 「それが、全然分かんねえんだよ。言いたい事あるならハッキリ言えばいいのにさ。別に俺、世の中のDV夫みたいにさ、ちょっと奥さんが文句言ったら暴力ふるうとか、全然そんなのじゃないんだぜ?  今までだって、子育ての悩みとかさ、嫁さんが悩んでたらちゃんと相談に乗って話し合いながら、いい時も悪い時も、ずっと一緒にやってきたんだ。  ちゃんと話してくれれば真剣に聞くから、不満は溜めこまないで早めに全部教えてくれよって、俺昔からずっと嫁さんに言ってんだよ。  俺、自分で言うのも何だけどさ、世の中の一般的なレベルと比べたら、ずっと嫁さんに理解のある方の夫だと思うんだよ。声上げて怒鳴ったりもしないし、暴力なんて論外だし、家事だって子育てだってさ、そりゃ嫁さんにしてみたら全然足りてないのかもしんないけどさ、結構手伝ってるほうだぜ? 家事とか子育てとかってさ、やらない旦那はホント嫁さんに任せっきりで何もやらないじゃん」
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