三.香田 かすみと香田 彰の一人息子 香田 大洋

8/8
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
「親父はよくソファーでジョンをなでながらブツブツ独り言を言ってるし、母親もジョンに餌をやりながら、何言ってるのかは分からないけど毎日何か会話してるよ。  あいつ犬のくせに、すげえ気を遣うやつでさ、テレビの前の白いソファーがお気に入りでいつもそこに寝そべってんだけど、家族が誰か近寄ってくると、黙って半分席を空けるんだわ。それやられるとさ、なんか断りづらくてつい座っちゃうんだよね。  俺も、寂しかったり辛いことがあったりすると、ジョンのソファーのとこ行って半分席を空けてもらって、悩み事とかを話すんだ」 「香田くんも、そんなことするんだ」 「するよ。俺だって寂しかったり辛かったりするんだから」  馬鹿にすんな、俺だって繊細なとこあるんだぞ、といった風に大洋がムキになって答えた。十和子としてはそんな意味で言ったわけじゃなく、ジョンじゃなくて私にその役目を任せてほしいなあ、という声に出さない言葉がその後に続いていたのだが。  ――あ、でも今がその、辛いことがあった時なのか。  私、大洋くんの力になれてるのかしら今。  そう考えると十和子はちょっと嬉しかった。ここは何とかして、大洋くんがお父さんとお母さんに対して、少しでも前向きな気持ちを持てるようなことを言ってあげなきゃ。 「それにしてもさ、お母さんは『ブックセカンド』を回るのが好きで、お父さんも中古ゲーム屋さんを回るのが好きって、実はたぶん二人とも、集めることよりも探すことの方が好きなのね。そういうとこ、なんか似てるよね二人」  十和子の指摘に、大洋はハッと驚いたような顔をした。 「あ……確かに! 何でだろう、今まで全然気付かなかったわそれ!」 「何だかんだ言って、似たもの夫婦なんじゃないの二人?」 「言われてみればそうかも。どっちもコレクションとは言うけどさ、親父は安い物をガンガン買ってたくさん溜め込むのが好きで、母親は高い物を悩みながら選んで少しだけ買うのが好きでさ。タイプが全然違うから二人の趣味は全く別物だと考えてたよ俺。そうか、二人とも本当は探すことが好きで、根っこは一緒かぁ!」  自分の言葉をきっかけに大洋の顔がパッと明るくなったのを見て、十和子は心の中でガッツポーズをした。グッジョブ私!いまの一言はファインプレーだった。  大洋は思い出したように、自分の両親について生き生きと話し始めた。 「そうそう。そういえばうちの親父と母親ってパッと見は正反対の性格してるんだけど、根っこの部分はすごい似てて、ムキになるタイプなんだよ。 普段はそんなこと全然無いんだけど、一旦「こうだ!」って思い込んじゃうとさ、もうこの道しかない!って周囲は関係なくガシガシ突き進むみたいな。『僕の前に道はない、僕の後に道はできる』みたいな」 「あー、何だっけそれ!こないだ中間で出たやつ!えーとあの、高……高……」 「高村光太郎」 「それ!それそれ!さっすが大洋くん頭いい!」  大洋は、通っている私立高校の中では一番上位の成績にいる方だった。十和子は真ん中くらい。それがまた十和子にとっては、大洋が頼もしく見える一つの理由でもある。だから大洋の口から、成績の良さが自然とにじみ出てきたような何気ない一言がポロリとこぼれてくると、十和子は無性に嬉しかった。  そして何より、話が盛り上がったどさくさに紛れて、さりげなく今「香田くん」ではなく「大洋くん」とサラッと呼び名を変えることができた。十和子にとっては一世一代の大バクチだった。噛まずにごく自然と言えてホッとしてるけど、まだ心臓がバクバクしている。私の顔、真っ赤になってないだろうか。 「でさ、大洋くんはどうなの?どっちの親に似てると思う自分?」 「どっちとも全然似てない。物を集める趣味もないし、高村光太郎のアレみたいに、人の目とか気にせず流れに逆らってグイグイ無理を通すみたいなのは、あんま無いと思うけどなぁ俺」  確かにその通りだと十和子も思う。大洋はいつも大人びていて、俺が俺がと出しゃばることは決してなく、他人を立てて静かに見守ってくれているようなところがある。十和子は大洋のそんな所に惹かれているわけで、両親がそれとは正反対の、我が道を行くタイプだと聞かされて意外だと感じていた。  親がそんな感じに二人とも自己主張が強いから、大洋くんは逆に、自分を抑えて親を立てて丸く収めるみたいな癖を自然と身に着けていったのかなぁ。  自分が惹かれている大洋という人間の内面を、少しだけのぞき込むことができたような気がして、十和子は新鮮な感動と若干の興奮を覚えていた。これで大洋くんにまた一歩、近づくことができたって事でいいのかしら私。 「宇田川さんの親はどうなの?宇田川さんと似てる?」  大洋が質問してきた。こういう質問はウェルカムだ。大洋くんにも私のことをもっともっと知ってほしい。それにこういう質問が出るってことは、大洋くんも少なくとも私のことに興味がないわけじゃないって考えていいわよね。いい調子、いい調子。  ――あとは、「宇田川さん」じゃなくて「十和子」って呼んで欲しいな。  でも、そこまで二人の距離が縮まるまでには、まだしばらく時間と勇気が必要なようだった。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!