四.香田 かすみの大学時代からの友人、織野 文

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「あぁ、二次会のあいさつで丹治さんが言ってたやつね」  文が相づちを打つ。もう十八年近く前、かすみと彰の結婚式の二次会の時の話だ。  大学二年の夏、かすみと彰が付き合い始めたという話が広まった時、二人が入っていたバトミントンサークルの誰もが、それは嘘だろうと耳を疑った。  部員数が一学年あたり二十人くらいのサークルの中で、割とオタクっぽいほうのグループにいた彰と、割とオシャレな人が集まったグループにいたかすみに、そこまで強い接点があるとは誰も思いもよらなかった。それに、二人とも一見温和そうに見えて実は根っこのところでかなり自己主張が強くて、時々スイッチが入るとやたら面倒になるところがあることを、サークル仲間たちはきちんと見抜いていた。  まあ、続いて半年じゃないの?  あの結構めんどくさい正反対の二人が、衝突せずに続くわけがないでしょ。  そんな風に皆が思っていたのだが、不思議なほどにこの二人の愛は強かった。そして大学卒業して八か月後には、サークルの同学年の中でのまさかの結婚一番乗りに。  二人の結婚式の二次会で、当時サークルで二人が一番お世話になっていた一年先輩の丹治さんにあいさつをお願いしたら、丹治さんはスピーチの中で二人のことを冗談めかしてこう言ったのだ。 「こんな自己主張の強い二人が、うまく行くはずがない。『鉛の飛行船』みたいなもんだ、って僕は最初に思っていました」  丹治さんは軽音サークルも掛け持ちしていたバイタリティ溢れる明るい人で、この話は彼が大好きな「レッド・ツェッペリン」という昔の有名なバンドの、バンド名の由来にまつわる逸話であるらしい。四人のバンドメンバーの個性と自己主張があまりにも強すぎるので、ある人が「このバンドは鉛の飛行船のようにうまく行かないだろう」と言ったのを、メンバー達が気に入ってバンド名にしたというエピソードだ。  でも、そんな当初の周囲の声とは裏腹に、このバンドは途中でケンカしてメンバーが脱退したり解散したりすることもなく、ロック史上に残る伝説のバンドとなった。不幸なことに、このバンドは後にドラマーが急性アルコール中毒で突然死してしまうのだが、残ったメンバーは後任のドラマーを入れて活動を続けることはなく、解散の道を選んでいる。  彼はこの話を引き合いにして、「最初は『鉛の飛行船』だと言われながら、強い絆で世界的なロックバンドにまで飛躍していったレッド・ツェッペリンのように、外野の無責任な声など気にせずに、二人の道を力強く歩んでいってほしい」と言ってあいさつを締めた。  かすみが遠い目をして、最近ちょっと自信を無くしてるんだ、と力なく言った。 「何だかんだ、時々はケンカもしたけど、もう十七年以上も一緒に夫婦として暮らしてる。仮に二人が『鉛の飛行船』だったとしても、曲がりなりにもここまで二人でちゃんと飛べていたって自信はあったんだけどな……」  文はかすみを慰めた。 「でもさ、それはかすみーるに問題があるんじゃなくて、彰くんがやっぱりいけないと思うなぁ私。だって二千本でしょ?ゲームで一部屋占拠してるんでしょ?」 「まあね。私は慣れちゃってるから何とも思わないけど、普通に考えたらとんでもないわよね、それ」 「そうだよ。十分我慢してるじゃん、かすみーる」 「そうかなぁ……?」  すがるような目で、かすみが文を見つめてくる。これは相当参ってるな、と文は悟った。これはまず、かすみに自由に愚痴らせて、溜まったストレスをガス抜きさせなければ。 「だいたいさぁ、いい歳した四十代のオッサンがゲームって……ねえ? しかもファミコンでしょ?男ってどうしてこう、小学生の頃から全然成長しないんだろうね」  かすみの中の不満を引き出して、思う存分に外に吐き出せるように、文はやや大げさな口調で、さも嫌そうな顔を作って言った。この言葉にかすみが乗ってきて「そうなのよ、ホント馬鹿よね男って」と返してきて、それをきっかけに彰への愚痴が引き出されてくることを文は狙っていた。  ところが、かすみは「ゲームは別にいいのよ」と即座に否定したのだ。  だって私も携帯ゲームにハマッてるし、ファミコンのゲームっていっても、大人がやっても十分ハマるような奥の深いやつも結構あるんだよ、とかすみは平然とした顔で言う。  文は肩透かしを食らったような気持ちになり、 「でもさ、やっぱりゲームだけで一部屋まるまる占拠するのはやりすぎじゃない?かすみーるは本当にそれでいいわけ?」 と聞いた。ところがこの問いにも「別にいいのよそれは。結婚前からの約束だから」と、かすみは間髪入れずにあっさり即答する。  じゃあ一体、かすみは何が不満なのか。
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