四.香田 かすみの大学時代からの友人、織野 文

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「でもさ、コレクションが趣味だって言うなら、もうちょっと真剣にやったらどうなの?って思うのよ。買ってきたゲームで毎日楽しそうに遊んでるっていうなら、私も別に何とも思わないの。全然そうじゃないから腹立つのよ。  あれ絶対、買うことが目的になっちゃってるわ。買った物なんて実はぶっちゃけどうでもいいんだって、絶対」  文は思わず「ああ~!」と声を上げた。わかる。かすみの気持ちではなくて、買った時点で満足しちゃって、手に入った瞬間からその物に興味が無くなっちゃうという、彰の気持ちが何となくわかる。自分もそういうところある。 「我が家は結婚する時に夫婦でルールを決めてて、夫がゲームソフトを集めるのに私は文句を言わない代わりに、私がカバンを集めるのにも夫は文句を言わないことになってるからさ、私も基本的に夫に趣味のことで文句は言いたくないの。  でもね。確かに私はプラダとかヴィトンとか、高いカバン買ってるよ?だけど新品なんて一回も買った事ないし、買う時はホンットに真剣勝負なのよ。何ヶ月も前から、あれを買いたい、いい物が出てきたら買おう、とかずっと考えて考えて、ネットオークションとか『ブックセカンド』とか見て回って、掘り出し物が出てくるのをずっと網を張って待って待って、待ち続けてさ。  それで掘り出し物が出てきても、今度は、状態がどうだろうかとか、もう少し待ったらもっと良い物が出てくるんじゃないかとか、それを掴むかどうかでまた悩みに悩んでさ」  文はかすみの膝の上のカバンを指さして聞いた。 「ちなみに、今のそのカナパはいくらで買ったの?」 「二万円」 「え?カナパで二万円ってものすごく安くない?」 「でしょ?私もこれ見た時、こんなお買い得な掘り出し物はもう二度と出ないって思ったわよ」 「やっぱこの、取っ手のところの傷があるから安いのかな?」  文はさっきから気になっていた、かすみのカバンの取っ手の小さな傷を指さした。何度も刃物で細かく切りつけたみたいな、不思議な傷のつき方をしている。  それを聞いてかすみが苦笑する。 「違うわよ。これは買った後についた傷。こないだうちのジョンがやっちゃってね……。もう本当にショックだったわ。普段は物を噛んだりなんか絶対にしない犬なのに」 「え?何?ジョンくんが噛んだ跡なのそれ?よりによってプラダを?うわぁ……」  ジョンはかすみが溺愛している黒のラブラドールレトリバーだ。かすみとの会話の中にジョンの話もよく出てくるので、文はジョンに対して自分の家の飼い犬のような親しみを感じている。  かすみの話では、ジョンは決して吠えたり噛んだりしない、とても賢い犬だったはずだ。家族全員の癒し的存在で、辛そうな顔をしていると黙って寄り添って座ってくれるから、つい家族の誰もがジョンに愚痴を言ってしまうのだという。  そんなジョンがいきなり、かすみが大切にしているプラダのバッグにじゃれついて、取っ手を噛んでしまった。自分のおもちゃと家のものの区別がつかないような犬ではないから、カバンを傷つけられた怒りよりも、ジョンに何かあったのではないかという心配の方が大きかったわ、とかすみは苦笑して言った。 「え……?でもさ、ってことは、この取っ手の傷が無い状態で二万円なの?カナパで?安すぎじゃないそれ?  だってこのカナパ、目立った擦れや色落ちや汚れもないじゃん。すごい状態いいじゃん。それで二万って、ありえなくない?その値段!」 と文が驚くと、かすみは満足そうな顔をした。 「でしょ?自慢じゃないけどカバンに関する私のアンテナ、ホント凄いよ。 私にとってカバン選びは真剣勝負だからね。ものすごい情報収集して、考えて考えて悩んで悩みぬいて、その末に買うか買わないかを決めてるんだもん。そりゃ買ったら絶対に大事に使うよ。だって、それだけ真剣に悩んで買ったものだから、持ち歩くだけで嬉しいしさ。  ……で、自分がそんなだからさ、なおさら夫のコレクションの扱いが気になっちゃうのよ。見てるだけで無性にムカムカしてくる。自分はこんなに死ぬほど悩みながら買うか買わないか真剣に選んでんのに、なんでこの人はこんなにいいかげんな気持ちでコレクションをダラダラと増やして、雑に扱ってるんだろう?って」  文は考え込んでしまった。  それは確かにかすみも腹が立つだろう。でも、彰の気持ちもなんとなく分からなくもない。文はよく、食玩やガチャガチャの景品に惹かれて、全種類が揃うまでムキになって集めてしまうのだが、それだって別に深い考えがある訳ではない。集め始めた理由なんて有って無いようなものだ。  何となく集めたい。  コレクターがコレクションする理由なんて、そんなもんだろう。 「両方ともコレクションって言うけどさ、かすみーるのカバンと彰くんのゲームソフトって全然性質が違うよね。それを単純に比較しちゃうのはちょっと違うんじゃないの?」  文の言葉に、まあね、分かってんだけどね頭では、とかすみは答えた。 「でもさ、私がカバンを買う時は、値段が高いし、それこそ何個も買ったらすぐに部屋に置き場所なくなっちゃうからさ、新しいの買ったら毎回、それまで持ってたやつを売ってるのよ?だから集めてるとはいうけどさ、持ってるのはいつもせいぜい二個か三個なの。私は私なりにお金と置き場所のことを考えながらやってるけど、夫は何一つ考えてない」  夫と私のコレクションを単純に比べるのはよくないかもしれないけど、少なくとも、私だけ気を遣って、夫は何も気を遣ってないのって、それってずるくない?とかすみが言うので、それはそうだと文はうなずいた。 「それでさ、私あまりにも腹立ったからさ、こないだ夫のゲームソフトこっそり売りに行ったんだ」  かすみが平然と、微笑すら浮かべながらそんなことを言うので、文は思わず「エッ」と鋭い声を上げてしまった。 「それ、さすがにまずくない?」
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