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そう言われて彰のゲーム部屋をよく見てみると、確かに、今までだったら床に乱雑にばら撒かれていたゲームソフトが最近は部屋の端に寄せられていて、かろうじて歩けるだけの道幅を確保した形跡がある。
でも、かすみにとって片付けという作業は、床に散らばった物を元あった棚にきちんと並べ直すところまでやって、初めて片付けなのだ。彰がいう「片付け」は、まるで落ち葉掃きのように床に散っていた物を端に寄せて山積みにしただけであって、かすみの目からしたら、こんなものは全く片付けをしたとは言わない。この状態で片付いていると満足できる彰の感覚が、かすみには全く理解できなかった。
「確かに、独身時代から夫の部屋はドン引くくらい散らかってたからさ、私も大して期待はしていなかったわよ。でもさ、片付け係は自分一人のためじゃなくて、家族全員のための仕事じゃない?
だったらさ、自分の目から見て片付いていると思うか、っていう基準じゃなくて、世間一般的に見て片付いてるか、っていう基準に沿って片付けしてくれてもよくない?」
「あー、まぁそれはそうね。程度の問題だけどね……」
文は一応かすみに同意したが、内心これは難しいな、と思った。「世間一般的に見て片付いてるか」などと簡単にかすみは言うけれど、それこそ人によって「片付いている」の意味が全然違うのではないか。
例えば、テレビドラマに出てくる部屋は、どんなに庶民的な家庭の様子を描いていてもやっぱり小ぎれいできちんと整頓されている。あれをもって「世間一般的な部屋」と言われてしまったら、文の家だってゴミ屋敷の部類に入れられてしまうレベルだろう。
「それで、一向に埒が開かないから、もう我慢できなくなって私が片付けしちゃう」
「それがダメなんだよ、かすみーる。彰くんに任せるって決めたら、心を鬼にして全部彰くんにやらせなきゃ。中途半端にそうやって助けちゃうから彰くんも甘えちゃうんだよ」
しかしかすみは泣きそうな顔で弁明した。
「でもさぁ、気になってイライラしちゃうんだもん。
夫の洋服ダンスがゲーム部屋にあるからさ、畳んだ洗濯物をその洋服ダンスにしまいに行くとき、私がすごい不便なのよ。いつも床に物が転がってるから、洋服ダンスの前までまっすぐ歩けないんだもん。それで耐えられなくなって、つい片付けちゃうの」
それがいけない、我慢するのよ!と文はかすみを励ましたが、かすみは絶対無理と泣き言を言った。
「誰でもさ、あらゆる事に『我慢の限界線』を持ってると思うのよね」
「我慢の限界線?」
「これ以上酷くなったらイライラするから、そこまで行ったら何とかしようって勝手に体が動くっていう。その限界の線。
ホラ、例えばさ『いつもダイエットを意識してないと、何もしてないのにすぐ勝手に太っちゃう』とか言う人いるじゃん? でもさ、そういう人だって別に、お相撲さんみたいになるまでブクブク太り続けるわけじゃないでしょ?『勝手に太る』ったって、必ずどこかで限界がくるのよ何事も。
うちの場合、片付けに対する夫の『我慢の限界線』があまりにも高すぎんのよ。床の上に投げ散らかしたゲームソフトの山ができていても、夫は何の不自由も感じないし不便でもないの。夫がようやく自分の『我慢の限界線』に達して、自分から片付けしようかなーって気持ちになる頃には多分もう、我が家は完全にゴミ屋敷になっちゃってるわよ。床なんて一切見えないわ、きっと。
それで、夫の限界線がそんなだからさ、夫の限界に達する前に、とっくに私のほうが自分の『我慢の限界線』を超えちゃうの。それでイライラして耐えられなくなって、最後はつい片付けしちゃう。
だから、夫に悪気が無いのは分かってるのよ。分かってるんだけどさぁ……」
あぁ……それは腹立つかもね……、と文が認めると、かすみはパッと明るい顔になり「腹立つのよ!」と生き生きとうなずいた。
「それがまた腹立つのがさぁ。私が仕方なく夫のゲーム部屋を片付けてるとさ、『俺が今度片付けようと思ってたのに』とか言うのよアイツ!『その仕事は俺の担当なのに余計な事すんな』みたいな顔してさ!もう信じられなくない?」
「うわー。それはないわ」と文は顔をしかめて答えた。そのドン引いた表情を見てかすみはさらに目を輝かせる。
「そうそう!それでもう一つ腹が立つのがさ、家の中で物が見つからないと、すぐに私のことを疑うのよ。ちょっとムッとした態度で『あれ捨ててない?』とか聞いてくんの。
『お前が捨てたんじゃないのか?』みたいにハッキリとは言ってこないんだけどさ、心の中で『部屋の片付けをしているのはお前だけなんだから、捨てるとしたらお前しかいないんだよ』って疑ってるのバレバレなのよ」
文は手を叩いて大笑いした。
「わかる。そんなこと言うなら普段から自分で片付けしろよ、って思う」
「でしょ?他人に全部片付けしてもらってんのに、なんで物が無くなった時だけそんな態度でかいの?って思うでしょ?でしょ?」
かすみがあまりにも生き生きと瞳をキラキラ輝かせながら言うので、文は笑いすぎて涙が出てきてしまった。
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